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気球や十字、赤と緑の二重丸、中心から放射状に広がる線形を見つめ、ときどきランドルト環の視力検査表で確かめるように円の開いた方向を指差す。この部屋で1時間以上、ずっと繰り返している動作だ。
 いま、東京駅から特急で40分弱、千葉県は佐倉の駅前にある眼鏡屋、とよふくの検眼室にいる。気球テストは屈折力、十字テストは乱視、赤緑テストは色収差でそれぞれ度数を測るという目的に沿ったものらしい。レンズを入れ変えながら何十回も見え方を伝え、測定を繰り返してきた。
 ここの眼鏡は高価だ。2年前に外出用と仕事用の2本を作ったが、計25万円だった。驚く価格だが、校閲者は目を使う職業。少しでも目と肩が楽になり、集中でき、何よりもミスが減るならば、眼鏡に投資しよう。そう決めてこの店に足を踏み入れたのが2年前である。
 まずは仕事用眼鏡向けの検眼から始まった。わたしは校正紙とPC画面を見るのが仕事だが、紙は目から30cmほど、パソコンは45cmほどと若干違う。その都度掛け替えるのは非効率も甚だしい。1本で紙にもPCにも合う眼鏡というのが自力では見つけられなかったのだが、とよふくで「近々両用」の眼鏡を作れることを知り、それを選ぶことで解決した。手元のゲラと、少し遠いPC画面の両方にピントが合う眼鏡である。
 さらにもう1本、外出用のいわゆる「遠近両用」も作った。「遠近」の「近」は、電車で本を読める距離で調整してもらった。
 こうして作った眼鏡を使って2年間。たしかに目薬が減らなくなった。何よりも今日の検眼で、老眼もとくに進んでいないし近視はむしろ良くなっているというデータが得られている。たしかに、謳い文句どおり「視力を下げて視覚を向上し、身体を整える」眼鏡なのである。視力を下げて視覚を向上するとはどういうことかと思ったが、眼筋が緊張しすぎずに物を見られるということらしい。以前の眼鏡を使っていたときとくらべて目が格段に楽になった、これが自分の身体感覚だ。
 前回は初回訪問だったこともあり、2時間ほどかけて検眼をした。今回は2度めで前のデータが残っているが、それでもレンズが決まるまで気球や十字、赤と緑の二重丸や放射状の線形との格闘に1時間半かかった。
 これでいいかとなったら、「近々用」レンズの確認として、日経新聞の株式欄が渡される。細かい文字で企業名と株価が延々と繰り返されるページだ。うん、ゲラを見るのとほぼ同じ距離で手元に置いてもくっきりと見える。次は、PC画面と同じ距離で垂直に新聞記事が置かれる。これも文字が目に飛び込んでくる感じでいい感じ。
 外出用の遠近レンズのテストは、眼鏡店から外に見える樹木やマンション、道路を隔てたコンビニ店の広告の文字などを使って見え方を確認する。
 今回はサングラスも誂えた。冬でも日光が眩しいわたしには必須アイテムだ。2年前は、1本10万円以上するサングラスは作らなくていいと思って見送ったが、この店を完全に信頼したのでサングラスも作ろうと決めたのだ。
 検眼の後はフレームを決め、顔(とくに鼻と耳)に合わせて調整する。この工程も長かった。3本あるとはいえ、フレーム調整だけで1時間半。やっと終わったときには予め電話で言われた通り、入店から3時間半かかっていた。
 今回は締めて3本33万5,020円。やはり1本10万円見当で、高いといえば高い。さらに数年後にはまた作り直すので同じだけかかるが、何よりも大切で替えのきかない商売道具、「目」の値段と思えば仕方ない。
 できあがりは2週間後だ。さて、今度はどんな「見え方」で目と身体を整えてくれるのだろう。
https://www.toyofukuoptic.co.jp/index.html

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