人にはそれぞれ「頻出ワード」と言える語がある。
 知り合いの編集者Aさんは「本質」がそれだ。「そろそろ出るぞ!」と思ってると、期待にたがわず「それは本質じゃない」と口にする。
 「あっ、出た!」と笑うわけにもいかない。この語が発せられたということは、会話している相手の言うことに「そうじゃない」と思っているから。「なぜなら(本質を考えたらね……)」と続く。つまり、わたしにとっては、これから否定や反対意見が始まるディスコースマーカーなのである。
 一度「Aさんの頻出ワードは『本質』ですね!」と言ってみたことがある。とうぜん自分でもわかっているだろうと思ったからだ。だが「え……。そお?」と予想外の反応。自分のことは気づかないというのはほんとうだ。
 本人は自覚がないならと、Aさんとの共通の知人に「Aさんて『本質』ってよく使うよねー」と言ってみた。すると「たしかに!『本質』だいすきだよねー。はじまった!と思うもん」と返ってきた。あはは、やっぱりAさんの頻出ワードは「本質」なのね。
 このBさんにも頻出語がある。臨床心理の仕事をしているBさんがよく使うのは「反応」。どんな話のときも「その反応は」、「反応しちゃだめ」というように、いつも「反応」という語がかえってくる。
 最初は「反応」の意味がよくわからないままに、なぜこの人はすぐ「反応」と言うのだろうと思っていた。
 国語辞典を引いてみると「刺激や働きかけに応じて起こす活動、変化など」とある(小学館 日本語新辞典)ので、「刺激に応じる」ことかと思っていたのだが、そうではなさそう。
 あるとき、この人は心理学の専門家だった……と思い出した。試みに「心理学 反応」でぐぐってみたら、人間の行動は「刺激→興奮→調整→反応」の図式から成るとある。刺激を受けたときに脳内でたどる「作用」を言うのね。そういうことだったのか。
 ここでBさんの「反応」の意味がわかった。「刺激」を受けたときに、それを刺激として受け取った前頭葉が興奮し、脳から司令がでて身体が反応する(「目に見える「行動」に限らず、怒りなど感情を引き起こすことも含む)。つまり、脳が「刺激だっ!」と判断し興奮してしまうのが最初に起きること。
 前頭葉を興奮させなければ「反応」にはつながらない。Bさんの「反応しちゃだめ」は、誰かから何かネガティブなことを言われたときに、刺激として受け取ってはいけない。スルーできれば嫌な気持ちにはならないよ、という意味になりそうだ。
 さて、頻出ワードといえば、「メタ認知」推しの編集者Cさんを外すわけにはいかない。
 「メタ認知」という語は、胡散くさいトレンディワードくらいに思っていた。だが、言葉を正確に使うCさんがしょっちゅう言うので、調べてみたり心理学の本をざっと読んだりした。すると「自分を客観視する」ことのようだと理解した。
 だが「客観」とはなんだろう。自分を客観的に見るというのは、ジョハリの窓の第一象限、「自分は気付いていないが他人は知っている性質(盲点)」を知るということだろうか。ここがわからないと「メタ認知」とは何かを定義できない。
 というわけで、Cさんと「客観とは何か」をテーマに話してみたい。コロナ禍以来なかなかお会いする機会がなく、まだ聞けずにいる。
 先日、数年以上前にCさんが書いたブログ記事に「メタ認知」云々の記述があるのを見つけた。そこで思わず「出た!メタ認知!」とメッセージを送ったところ「この頃からメタ認知推しだったか…(>自分)」と返ってきた。Cさんは自分の頻出ワードが「メタ認知」であることは知っていたのか。
 知り合い3人の頻出ワードを挙げてみた。それぞれのワードは、何年も前からその人の脳内にあったものが、わたしと話すタイミングで偶然に出てきただけである。たぶん3人とも、この先10年くらいはそのキーワードが変わることはないだろう。
 言葉として口に出すまで、しかもそれが口癖になるというのは、彼らが意識的にそうしたかどうかはわからない。だが信念として「この語が大事であり、自分のコンセプトワード」になるというプロセスを経たはずだと思うんですけど、どうでしょう、Aさん、Bさん、Cさん?
 そして自分の「頻出ワード」は何なのだろう。ちょっと聞いてみたい気がする。Aさん、Bさん、Cさんに逆に質問してみたい。


今日の久松   歯ぎしりと噛み締めがひどく、歯医者でマウスピースを作ってもらった。

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