見出し画像

重度身体障害者が一人暮らしをはじめるまで。

寝たきりでも一人暮らし

僕は脊髄性筋萎縮症という難病を抱えながら
現在一人暮らしをしています。
実家から近い場所ではあるけど親元を離れて様々な福祉サービスの方々に協力頂きながら
生活をしています。

身体も手足もほとんど動かない。
人工呼吸器もつけていて生活の全ての動作に人の手が必要。

そんな僕がなぜ一人暮らしをしようと思ったか。今どのように生活をしているか等をお話ししていきたいと思います。

一人暮らし生活の僕の様子

一人暮らし前の生活

学生の頃、僕は実家を離れ病院に入院していました。なぜ入院していたか、や入院している時の話は長くなるのでまた改めてお話したいと思いますが入院してた期間は9年間で高校卒業とともに退院しました。

9年間…しかも学生時代(9歳〜18歳まで)の9年は自分の生活基準や考え方がかなり形成された時期です。いくら家族とはいえ9年間離れて暮らして急に一緒に暮らし始めると当然生活スタイルの違いや考え方の違いでぶつかりました。

親子だからこそ言葉が行き過ぎたり腹が立ってしまう状況がとても苦しく辛かった。

当時はそれに加え障害者雇用でサラリーマンとして就職をした時期でもあったので自分自身に余裕がなかったなと今となっては思います。

サラリーマンとして働いていた時の話もまた改めて、したいと思いますが私は2年間サラリーマンとして働いて、体調やメンタル面の不調により退職しました。

当時は周りの人に隠しながら無理して笑って過ごしていましたが生きる事がすごく辛かった事を覚えています。

もう自分はなにもできることはないんだなと社会の中で役に立つことがない人間なのだなと…

目に見えるものが全てが怖くなって人との繋がりも怖くて、ネットを見るのも人に連絡するのも動悸や汗が止まらなかったくらいメンタルに不調をきたしていました。

一人暮らしをしようと思った
きっかけ

当時私の年齢は22歳。
「このままなにもできず身体の病気も進み死んでいくままでいいのか」とぼんやり考えるようになりました。

なにがどう変わるかなんて想像もできなかったし自分が変われると思っていなかったけどただただ何かしないといけないなという気持ちだけがありました。怖さや様々な抵抗はあったものの、まずは人と繋がるところから始めようと思いTwitter(現X)を始めました。

最初から自分自身、気持ちを前に向けたわけではなく。でも色んな人と繋がり出して、色んな人を見ていく中で「自分も何かできる事があるのではないか」と思うようになりました。

自分は今まで障害を持つ人との関わりが少なく、友達や知り合いもほとんどが健常の人ばかりでした。それはそれで自分にとっては今も良い環境だと思っていますがネットの世界で様々な障害の人を目にする中で自分の想像からは考えられもしないほどアクティブな方が多く、少しずつだけど考え方も変わっていきました。

様々な方がいる中で目に留まったのは重度の障害を抱えながらにして一人暮らしする方が意外と多くいた事。

子供の頃に漠然と夢として思い描いていたのは親から離れて生活をして一人暮らしをする事でした。その時の気持ちを思い出しました。

でも自分には無理だろうと心の奥底にずっと隠し続けてた夢でした。

もちろんその場でやろうと思えるほど踏み出す勇気はなかった。ただ今まで以上に関心も強くなり、なにより久々にワクワクした。ずっと周りの目を気にして自分のやりたいことに意思表示ができていなかった。それは極端に言えば子供の頃からだったかもしれない。

周りの人、家族にもとても迷惑をかけるかもしれない。でも色んな人にお願いをしてでもやりたい。様々な方に頼んでお願いしてでもやりたい目標ができたのは人生で初めてだった。

だからその時に決めた。
「自分の人生を賭けてでもチャレンジしよう」と。絶対に何かあっても諦めないでいようと。

進行性の難病を持った上で長い期間の目標立てて進むという事は身体の状況で急に出来なくなる事もあるし。人より時間の流れ方が違う分だけ失敗した時のリスクが高い。

だから色んな意味で「人生を賭ける」つもりだった。

一人暮らしに向けて

その時僕は22歳。一般的にもう自分で人生を決める歳ではあるけど。僕は常に人にお世話になりながら生きている。周りの人たちにはいつも感謝しかない。気持ちの面でもそうだし実際人の手もお金も確実に必要になる。

そんな状況で自分の想いのまま突き進むのは良くないと思った。

家族も周りの人たちもみんなが納得できるまで妥協せずにやっていく事が一番自分にとっても納得できる形だなと思った。

だからこそ、まず一人暮らしに動く前に家族に打ち明けた。打ち明けたと簡単に言っても伝えるまでに時間がかかった。

毎晩言おうと覚悟を決めるのだけどどうしても言えなかった。そんな日々を過ごして3ヶ月が経った。

もうあまりに言えないから伝える方法を変えないと伝えれない。だから手紙を書いた。

当時父に書いた手紙

3日かけて自分の手で書いた。
手紙で全ての気持ちや状況を伝えられるわけではないけど読んだ側も飲み込む時間もあって。この方法が一番良いと思った。

手紙を書いたものの渡すのが怖くて緊張もしたけど「自分が寝た後に読んで」とだけ伝えて渡した。

朝起きて父が仕事に行く前に言われた。

「サポートするからやってみろ」

きっと父の中で相当な想いも葛藤もあったはずだし手紙の中に一人暮らしできる根拠もそこまで書いてなかったから許せる材料もなかったと思う。

それでもここまで咀嚼して多くを聞かず背中を押してくれた父には感謝しかない。父が仕事に行った後涙が止まらなかった。嗚咽するほど泣いた。

その日、僕の一人暮らしへの挑戦は始まった。

一人暮らしをするまでの壁

父に一人暮らしの許しをもらってからすぐ周りの方、各機関にも相談を始めた。

結果として一人暮らしにかかった期間は2年半、そこでは沢山の問題が出ました。
大きな問題点だけをかなり簡単に書くと以下の通り。細々した問題を含めると数えきれないほどあります。

・地元に先駆者がいなかったため相談先も各機関にノウハウもなかった
・夜間訪問してくれる事業所がその時点では全くなかった
・田舎なのでバリアフリー物件はほぼ皆無で自分や周りが無理なく住める物件を手当たり次第探さないといけない
・夜中は一人になる時間が長いので何かあった時に手が不自由な自分でも確実に助けを呼べる連絡手段の確保

ここから先は

2,132字 / 1画像

¥ 300

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?