『完全無――超越タナトフォビア』第八十章
(「まさに『デュエム-クワイン・テーゼ』を超えたテーゼなんだと思います、きつねさんの思想は!」とウィッシュボーンは、神がサイコロを振るかどうかためらうときの癖を真似て、その顎を親指と人差し指で挟んだりつまんだりする。)
(「んー? 『残酷な天使のテーゼ』ならよくカラオケで歌うよー」とチビが、犬ファッション雑誌をくりんくりんと丸めながら言い、筒状のその雑誌の穴にきららかな右の瞳を当てて、「わー、絶好調の宇宙が見えるー」と、わたくしきつねくんの方を振り向きつつ、左の瞳で、うれしい熱帯魚のようにウインクする。)
(「いやはや、残酷なうんちのヴェーゼじゃなくてよかったですね、チビさん!
いやはや、ヴェーゼがなんなのか、ガーゼのようなものなのか、ウィッシュボーン、知りもしないんですが。
すいません、うんち、だなんてそんなはしたないことばを使ってしまい……」と、ウィッシュボーンが、羞恥の表情だけを裏宇宙へとテレポーテーションさせたかのような顔付きをする。)
(そして、わたくしきつねくんは誰に向かって、というわけでもなく、独り言にはしたくないのだが結果的に独り言になってしまっているような、そんなトーンでこうつぶやく。
「完全無‐完全有とはトポロジーにおける開多様体でも閉多様体でもないし、集合論における空集合∅を、ベン図すなわち視覚的な図式によってあらわせるような類の概念でもないのだ。
そもそも概念ではないものを概念的にあらわしている、ということもここで付け加えておこう」)
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