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となりの芝

2020年の秋に短歌をはじめようと思ったときに「うたの日」に参加しようと決めたことは自然なことだった。Twitterには短歌クラスタと呼ばれるゆるいつながりを見て取ることができ、そこでの話題の中心は「うたの日」だったからだ。首席になる歌にはなんとなく傾向がありそうだし、一言でいうと「これならおれにもできる」。しかし、その考えが甘いことにはすぐに気がついた。

ウィットの効いた歌とそこに含まれる僅かな毒が魅力的なカラスノさん、日常のごくありふれた風景の中に、ともすれば見逃しがちな切なさを丹念に掘り起こす真島朱火さんを密かに(のちにオープンに)自分のロールモデルにした。途中で止めようと思ったことは二度や三度ではないけれど、葵の助さんは「うたの日は『練習場』とか『ドリル』とかそんな感覚」という名言を私に授けてくださった。何ヶ月も欠詠しているときに続けることを助言してくださった音羽凜さん。ふにふにヤンマーさんには秀歌で先を越されたのもいい思い出。そしてここに書ききれないたくさんの得難い仲間も得ることができた。気がつけば、となりの青い芝生は我が家の庭と地続きでした。

今日までに首席を頂いた100首を振り返ります。最後のカッコ内の数字は、前回の首席から中何日経過しているか(首席ごぶさた日数)を書いてみました。あまりこういうことを書いた人はいないと思われますが、スランプのときは本当にスランプなんだとわかります。こんなに乱高下しながらでも走り切った人がいたと、誰かの支えになれば幸いです。

     🌸


1〜25首目

意匠上われには肩がふたつあり払い除けるべきなにかは積もる
『 払 』 2020/12/25(金)

努力とは言いたくなくて駅三つ離れた町で参考書買う
『 努力 』 2021/01/06(水) ( 11 )

廃バスの運転席で眠る子に陽は差し込みぬ園庭の中
『 バス 』 2021/02/17(水) ( 41 )

立ち枯れの木の佇まい泣き方に美しき作法があるということ
『 自由詠 』 2021/03/10(水) ( 20 )

ハイネの詩そらんじている早熟な娘と子供のままの母親
『 熟 』 2021/03/20(土) ( 9 )

気に入った曲だけ入れたはずなのに今の気分に合う曲がない
『 なのに 』 2021/04/04(日) ( 14 )

ここからは余談ですがというときに今日初めての生気みなぎる
『 自由詠 』 2021/04/10(土) ( 5 )

隣人のサビから出ない鼻歌に洗濯バサミの顎がはずれる
『 顎 』 2021/04/12(月) ( 1 )

一日の持てる光を放ち終え夕焼け色にもどる蜂蜜
『 蜂蜜 』 2021/08/02(月) ( 111 )

視界からいなくなるまで手を振って美味しいものは一人で食べる
『 視 』 2021/09/26(日) ( 54 )

ポスターのほくろの数が少なくてこの政治家の嘘の始まり
『 政 』 2021/10/16(土) ( 19 )

撫で肩のあなたの背中(せな)が帆に見えて越えてゆきたい海ならばある
『 撫 』 2021/11/08(月) ( 22 )

自転車の荷台を掴む手を引けばしずかに別れゆく幼年期
『 別 』 2021/11/12(金) ( 3 )

スカートとズボンどっちを選んでもぼくの周りに起こるさざなみ
『 どっち 』 2021/11/13(土) ( 0 )

おじさんはもう居ないのにあの家の呼び名は今もおじさんの家
『 おじさん/おばさん 』 2021/11/22(月) ( 8 )

用意した志望動機をいう時に胸に流れる字幕が速い
『 志 』 2021/11/23(火) ( 0 )

駆け出しの法廷画家が逡巡の末に描き足す反省の色
『 描 』 2021/11/28(日) ( 4 )

この家の心音として子供らの帰りを待っているシチュー鍋
『 心 』 2022/01/06(木) ( 38 )

父母(ちちはは)の花壇をめぐる古煉瓦も終(つい)の住処をここと決めたり
『 煉瓦 』 2022/01/29(土) ( 22 )

勝敗の決した後に出てしまう昇龍拳のようなさみしさ
『 昇龍拳 』 2022/03/06(日) ( 35 )

いつかまた遊びましょうと言うように雨は積み木の色を濃くする
『 ガラクタ 』 2022/03/22(火) ( 15 )

他人から夫婦へ戻るそれぞれの手に一本の醤油を提げて
『 他 』 2022/03/26(土) ( 3 )

優しさがひとつの傘を分け合えばふたつの肩を濡らす夕立
『 優 』 2022/04/05(火) ( 9 )

知っている他人に花の名をつけて花籠にする通勤列車
『 勤 』 2022/04/11(月) ( 5 )

船影はいまだ沖には見えずとも烟(けぶ)る港に尾を立てる犬
『 けぶる 』 2022/04/15(金) ( 3 )

25〜50首目

まだ指も触れられてないこの人に表情筋をほぐされている
『 筋肉 』 2022/04/29(金) ( 13 )

あの馬鹿といとこなのかな見慣れない子を見に通うラジオ体操
『 夏の思い出 』 2022/09/01(木) ( 124 )

サンダルの指のようだな我が家では親父の位置がやや離れてて
『 サンダル 』 2022/09/02(金) ( 0 )

梨の実へ当てるナイフは動かさず ごらんよこれが地動説だよ
『 梨 』 2022/09/11(日) ( 8 )

あすからの旅程のように渡されてぼくたちの名を書く母子手帳
『 程 』 2022/10/15(土) ( 33 )

砂時計そっと反せば細きより上のすべては未来となりぬ
『 細 』 2022/10/20(木) ( 4 )

誰とでも会話したがる子どもらが傘で受け取る雨の肉声
『 肉 』 2022/10/29(土) ( 8 )

噂では辞めたと聞いた人の名の傘を掴んでゆく小夜時雨
『 んで 』 2022/11/14(月) ( 15 )

何時だって及ばなかった先輩に年齢だけがあした追いつく
『 何時 』 2022/11/16(水) ( 1 )

天蓋をぐっと起こせば漆黒の烏帽子のようなグランドピアノ
『 烏帽子 』 2022/11/28(月) ( 11 )

思い出の端数のようにあの町の福引券がまだここにある
『 数 』 2022/11/29(火) ( 0 )

猫じゃらし遠くへ投げてクロネコに再配達をリクエストする
『 リクエスト 』 2022/11/30(水) ( 0 )

喃語には喃語でかえすあの日々がぎゅっと詰まった君のアルバム
『 アルバム 』 2022/12/04(日) ( 3 )

終業式そっと隠して持ち帰るパンとミカンのゴルゴンゾーラ
『 ゴルゴンゾーラ 』 2022/12/05(月) ( 0 )

大根を山ほど買った日の夜に里から届く大根の山
『 タイミング 』 2022/12/12(月) ( 6 )

結局は通えなかった学校のパンフレットがすごくよく飛ぶ
『 紙飛行機 』 2022/12/17(土) ( 4 )

栄えても廃れてもないふるさとの頼んでもない蜜柑が届く
『 栄 』 2022/12/23(金) ( 5 )

じいちゃんが念で曲げてた松だからあれからずっとおなじ姿勢だ
『 念 』 2023/01/05(木) ( 12 )

ああこれは最初の試練ルマンドをやたらすすめる将来の義父(ちち)
『 ああ 』 2023/01/07(土) ( 1 )

この町の御神体でもあるような木造駅舎とそこに居る猫
『 御 』 2023/01/16(月) ( 8 )

矢印を逆にたどれば人間がヒトへと還りゆく博物館
『 矢 』 2023/01/17(火) ( 0 )

踏切が開くのを待っているような母に聞かせる今日の出来事
『 開 』 2023/01/26(木) ( 8 )

熟れすぎた柿の実みたく取り外すわが家最後の白熱電球
『 熟 』 2023/01/29(日) ( 2 )

ツバメならタダで貸します母がもう住むことのない二世帯住宅
『 二 』 2023/02/02(木) ( 3 )

画数の多い名字の印鑑にやたら朱肉の詰まるうれしさ
『 肉 』 2023/02/09(木) ( 6 )

51〜75首目

廃線を吹き過ぎてゆく春風を福寿草より内側で待つ
『 福寿草 』 2023/02/15(水) ( 5 )

炊く為に研いだお米の研ぎ汁でうつくしく咲く観葉植物
『 為 』 2023/02/27(月) ( 11 )

実印の書体みたいに窮屈に猫がおさまるアマゾンの箱
『 実 』 2023/03/15(水) ( 15 )

あやふやな記憶で書いた鬱の字でちゃんと伝わる苦しさもある
『 鬱 』 2023/03/27(月) ( 11 )

自分さえ良ければいいと思いつつ一人で食べるカヌレの苦さ
『 苦 』 2023/04/20(木) ( 23 )

酢の物を和えつつ思うつつがなく夕餉を終えるためにつく嘘
『 酢の物 』 2023/04/22(土) ( 1 )

よそ行きの背広で抱けばみどりごはこの世で一番やさしいリスク
『 リスク 』 2023/04/30(日) ( 7 )

今だけの個展のような緑道に初夏の光が在廊している
『 初夏 』 2023/05/01(月) ( 0 )

ひとり来てひとりが帰る養殖の生け簀みたいな図書室にいる
『 生 』 2023/05/03(水) ( 1 )

かりそめの夜を授けるようにしてバードケージへ掛ける暗幕
『 夜 』 2023/05/12(金) ( 8 )

うつくしい轟音だった一斉に卒業生が席を立つとき
『 轟 』 2023/05/21(日) ( 8 )

金賞を授けるように運ばれてふるるふるると揺れる釜玉
『 釜 』 2023/05/22(月) ( 0 )

先生に説教されるときにだけいつも目が合うかっこいい釘
『 いい 』 2023/05/25(木) ( 2 )

「早々」にくさかんむりを書き足してみじかき春の結語としたい
『 冠 』 2023/05/27(土) ( 1 )

行き先の方向幕が反転し始発に変わる朝のしずけさ
『 行 』 2023/05/28(日) ( 0 )

それぞれの町の雨滴が染み込んだ雑木林のような傘立て
『 木 』 2023/05/29(月) ( 0 )

休ませた生地の具合をみるようにあなたの指が押すふくらはぎ
『 指 』 2023/09/08(金) ( 101 )

誰ひとり褒めてくれない夕ぐれに拍手のように降る通り雨
『 ない 』 2023/09/20(水) ( 11 )

いつまでも嚥下できない告白が喉で光っているラムネ瓶
『 光 』 2023/09/21(木) ( 0 )

古本の栞をふいに追い越して未踏地へゆくしなやかな指
『 越 』 2023/09/26(火) ( 4 )

聞こえない耳をそばだて老犬が捕捉している秋の足音
『 耳 』 2023/09/27(水) ( 0 )

あたらしい部屋の鍵だと渡されて白く光っている茶封筒
『 茶 』 2023/09/28(木) ( 0 )

何ひとつ取り柄などないこのぼくがこぼしたパンに鳩が集まる
『 何 』 2023/10/01(日) ( 2 )

わたくしのリンパが濾過をしそびれた老廃物のようなおもいで
『 リンパ 』 2023/10/08(日) ( 6 )

もう高い戸棚に登らなくなった猫が見つけた居間の陽だまり
『 高 』 2023/10/11(水) ( 2 )

76〜100首目

味噌汁にちいさき貝はひしめいてどれもさみしい天蓋をもつ
『 天 』 2023/10/12(木) ( 0 )

木漏れ日をほぐすみたいにもう着ないニットは母にほどかれてゆく
『 木 』 2023/10/16(月) ( 3 )

地下茎で結ばれてたりするのだろうどのじいさんもよく似てる村
『 茎 』 2023/10/22(日) ( 5 )

いい人として来たカフェでおれのためじゃない涙が落ちるテーブル
『 涙 』 2023/10/26(木) ( 3 )

助手席のきみを降ろせば陽だまりがきみの代わりに乗り込んでくる
『 手 』 2023/11/03(金) ( 7 )

まどろみの浅瀬あたりを引き返す足がなにかを踏み外す夜
『 瀬 』 2023/11/05(日) ( 1 )

魅せ方は心得てるというようなケージの猫のうつくしい伸び
『 魅 』 2023/11/09(木) ( 3 )

洋服がジェンガみたいに積まれてて最下層から冬物を抜く
『 冬 』 2023/12/02(土) ( 22 )

まだら雲 ぱっと光が射すように孫のわたしを母の名で呼ぶ
『 斑 』 2023/12/03(日) ( 0 )

ストーブにもっとも遠いこの席をクラスメイトはツンドラと呼ぶ
『 ツンドラ 』 2023/12/04(月) ( 0 )

一瞬でひっくり返る安物のビニール傘のような約束
『 安 』 2023/12/09(土) ( 4 )

来年も生きるつもりでコンタクト洗浄液を1ダース買う
『 ダース 』 2023/12/12(火) ( 2 )

ココアへと沈めるときにマシュマロはとてもさみしい浮力を持ちぬ
『 める 』 2023/12/17(日) ( 4 )

旅にでも出たのでしょうか履きつぶす前になくなる庭のサンダル
『 庭 』 2023/12/19(火) ( 1 )

カラメルの光るブリュレへ差し入れる雪割草のような銀匙
『 光 』 2023/12/28(木) ( 8 )

水切りの石の気持ちできみという春の岸辺へたどり着きたい
『 辺 』 2024/01/16(火) ( 18 )

落ち葉だと気づいてしまうまでそれは誰かのための折り鶴だった
『 鶴 』 2024/01/27(土) ( 10 )

さよならを聞きたくなくて頬杖で押さえ込んでる涙腺がある
『 頬 』 2024/01/31(水) ( 3 )

乗る人もまばらになった午後二時の電車はすこし安定を欠く
『 二 』 2024/02/02(金) ( 1 )

春という可燃物へと点火するマッチのようなドウダンツツジ
『 マッチ 』 2024/02/05(月) ( 2 )

あなたから不意に呼ばれる旧姓が魔法みたいになるクラス会
『 魔 』 2024/02/08(木) ( 2 )

わたくしの今を代筆するように飛行機雲は高くよぎりぬ
『 代 』 2024/02/11(日) ( 2 )

さっきまで勇者の剣を演じてた枝が転がる春の川べり
『 枝 』 2024/03/04(月) ( 21 )

いつまでも収穫しない金柑が祖母の不在を知らせはじめる
『 しない 』 2024/03/16(土) ( 11 )

使い捨てレンズと呼べばはじめから捨てるつもりで購うひかり
『 呼 』 2024/03/17(日) ( 0 )

(了)