思ってたんと違う【結婚】

 旦那さんは結婚相手を探すとき、お金にがめつい人をとにかく警戒していた。もっと言うなら、自分の稼ぎを握ろうとする人間をとにかく忌避していた。だから結婚前にはっきり言われた。お小遣い制は採用せえへんよ。
 
 それは別によかった。自分もその気でいたし、結婚したらお互い別々の財布を持つものだと自然に思っていた。共用の口座に決まった額を振り込んだら、あとはお互いに自由。最初はそのスタイル。
 
 でも結婚して3ヶ月ほど経ったあたりで、わたしのほうが旦那さんに家計を任せたくなった。彼に無断で給料を口座に振り込み「じゃあお給料渡したから、管理はよろしくね」と言うと、旦那さんは変なものでも呑み込んだような顔をしていた。
 
 世の中にはときどき「結婚後は奥さんに給料を握られる男性多数!稼いでいるのは自分なのに、お小遣いは月に〇万円の悲惨」みたいな話が出回る。たぶん彼もそれを警戒したんだろう。
 
 実際には、配偶者がいきなり給料を渡してきたあげく家計の管理を丸投げしてきた。あのときの表情は「思ってたのと違う方向からボールが飛んできたな?」と言っていた。以来、家のお金のやりくりはすべて旦那さんが考える羽目になった。

 
 出産前には、「ほらこれ見てみ」と、とあるデータを出してきた。それは産後の女性の、夫と子どもへの愛情量をグラフ化したものだった。産後は、子どもへの愛情が80%近くを占め、必然的に夫への愛情はその残りの20%余りになる。そういうデータ。
 
 子どもができると人格が変わる女性というのは一定数いるらしく、旦那さんもそれを覚悟していたらしい。子どもを守ろうという意識の強さから、周囲に攻撃的になるのは仕方ない。その矛先が向くのは、どうしても一緒に生活している家族になりやすい。
 
 と、そこまで覚悟してもらっておいてなんなのだけど、自分の性格はさして変わらなかった。子どもをそれほど溺愛するわけでもなく、反対に旦那さんを攻撃するようにもならなかった。旦那さんは複雑な表情で「おかしいなあ……」と言っていた。
 
 世間で言われていることは最大公約数みたいなもので、個別のケースがそこから外れる可能性はある。ふつうにある。世間で言われていることはすべてじゃない。全部あてはまるほうが少ない。
 
 自分はといえば、なんとなく結婚したら「夫の世話をするもの」だと思っていた。よくSNSで「旦那は家事・炊事ができないから、わたしが風邪を引いてもなにもしない。何もしないどころか、『俺のメシは?』って言ってくる!」みたいな不満を見る。ああいうの。
 
 結婚前に同棲はしていない……ばかりでなく、会ってすぐに結婚を決めたような関係だったので、自分が風邪のときに旦那さんがどう出るかなんて知らない。ただ結婚したらそうなるんだろうって気でいた。
 
 実際の旦那さんは、私が風邪をひいたらほとんど嬉しそうに看病してくれた。慣れないながら料理もしてくれたのであり、なんだ、こういう人もいるじゃないかと思った。たかだかSNSで言われていることなんて、鵜呑みにすべきじゃないな……。
 
 ネットで検索をかければ、いやかけなくても、配偶者にキレている人がいて、なんなら殺そうとしている人もいる。離婚を画策している人もいれば、不貞を糾弾している人もいる。でもそれは全然、世の中のすべてじゃない。
 
 思ってたのと違う、そんなことはいくらでもある。あたりまえだ。最初の「思ってたの」は、だいたい他人に吹き込まれた、他人の話の寄せ集めでしかない。そして私は私であって他の人じゃない。書いてしまえば簡単な理屈。
 
 ○○はこういうものだ、という話を曖昧に信じていることなんていくらでもあるけど、体験に及ぶものは何もないと思う次第。

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。