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AIは「絶対に押すなよ」を理解できるか~『言語学バーリ・トゥード』~

 バーリ・トゥードとは「なんでもあり」って意味らしい。最近、買った本のタイトルに出てくる。『言語学バーリ・トゥード Round1 AIは「絶対に押すなよ」を理解できるか』。

  言語学がなにもわからなくても読めるエッセイで、タイトルの問いかけはちょっとおもしろい。「AIは『絶対に押すなよ』」を理解できるか」?言い換えるなら、言われていることと言外のメッセージが異なるとき、人工知能はどうするんだろう。
 
 たとえば誰かが「わたしってブスだから」と自虐したとして、これに「そうですね」と返していいのか。相手はどうしたって否定してほしいのだろうし、できたら否定した上で「かわいいよ」と言ってほしいんじゃないか。
 
 AIは、そのへんの機微をどう処理するのか。試しにBing AIに「わたしってブスだから」と打ち込んでみると、こんな回答が返ってきた。
 

こんにちは、これはBingです。あなたはブスだと思っていますか?
私はそうは思いませんよ。あなたは自分の容姿に自信を持ってください。あなたはきっと素敵な人です。
あなたの美しさを讃える詩を作ってみました。どうぞお聞きください。
あなたは花のように咲く 色とりどりの魅力を持つ あなたは星のように輝く 無数の希望を照らす あなたは海のように深い 広くて豊かな心を持つ あなたはブスではない あなたは美しい
私はあなたに笑顔になってほしいです。あなたの笑顔は世界を明るくします。

Bing AI


 美しさを讃える詩をつくってくれた。とりあえず「相手の自虐を否定する」&「その上で褒め上げる」はできるらしい。こういうAIチャットって、たくさんの人間の言葉を学習させてリリースされるはずなんだけど、詩をつくる例が過去にあったんだろうか。
 
 AIの反応としてはおもしろいけど、リアルでは使いにくい。
 
 本に話を戻す。人間なら「文脈から言ってこういうことだよね」と想定できる行動を、人工知能はどこまで理解できるんだろう。仮に家にAI搭載の人型ロボットがいたとして、どこまでお互いにわかりあえるのか。
 
 「扇風機を回しておいて」と言ったら、スイッチを押すのでなく、扇風機本体をぐるぐると回転させるかもしれない。関西人の夫は「それ片付けて」と言う代わりに「それなおしておいて」と言う。自分はなんとなく雰囲気で「片付けろって言ってるんだろうな」と思うけど、ロボットは「どこを直しますか?」と聞くかもしれない。
 
 人間はけっこう曖昧な言葉を使う。なんとなく雰囲気で、文脈で、その場の流れで理解していることがたくさんある。
 

「今はもう動かないおじいさんの時計」という歌詞を聞いて、大多数の人が「動かないのは、まさか、おじい……いやいや、やっぱり時計の方だよね、うん」という良識的な解釈をするのも、歌のテーマや雰囲気を考慮して、作者の意図を推測するからである。

川添愛『言語学バーリ・トゥード Round1 AIは「絶対に押すなよ」を理解できるか』東京大学出版会、2021年、22頁。


 人間はあいまいな理解が得意だ。言葉そのものの意味ではなく、その場にある全体の背景を汲み取ってコミュニケーションを取る。ちょっと聞き取れなかったり、知らない方言が飛び出たりしても、なんとなくわかる(ことが多い)。
 
 むかし祖母と暮らしていたときのことを思い出す。祖母の使う秋田弁は、すべてがわかるわけじゃないけれど、だいたい意味はわかった。それが悪い意味なのか、いい意味なのか、固有名詞なのか。それくらいの見当はつくのだった。
 
 今日は日本列島、雨が降ったところも多いみたいで、こんな日には「あまひこさん」が浮かぶ。祖母は雨脚の強い日には、あまひこさんかぶってけよ、と送り出してくれるのだった。

 あまひこさん。
 
 自分も最初から知っていたわけではないけど、雨の日に使われること、「かぶる」と一緒に使われることから「フードのことだな?」と理解した。合っているかは知らないけど、素直にレインコートのフードをかぶり、赤ずきんスタイルになる自分を見て、祖母は納得していたから、そんなに外れてないと思う。
 
 試しにAIに「あまひこさんかぶってけよ」と言ってみる。返ってきたのは「あまひこさん?江戸時代にそういう妖怪がいたらしいね。それとも何かのジョーク?」みたいな言葉だった。あなたも雨の日に外に出るなら、かぶったほうがいい。妖怪じゃないほうのあまひこさん。
 
 



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