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婚姻率を上げるなら

 むかし結婚相談所でバイトしていた。手続き書類を受け取ったり、上司のいないあいだお客様対応をしたりしながら、婚活する男女をたくさん見た。細かい話は個人情報なのでしないけど、思ったところをいまさら書いてみる。
 社会に必要なのは「結婚したくないわけじゃないけど婚活したくない」人のためのサービスだと思った。これが結論。
 
 相談所のお客様は、だいたい上司からいろんなアドバイスを受ける。女性ならスカートをはいてくださいねとか、できたら淡い色を着てねとか。他の相談所ではイラスト入りの資料で解説しているところもあった。
 言っていることはほとんど「女はロングヘアにしてワンピースを着るといい。体の線が見えるとなおよし。写真でハイヒールをはいて写りましょう」で総括できる。
 男性の場合は「おまかせ変身コース」的なものが存在し、眉と髪型をプロに整えてもらうことができる。なんていうか、仕上がりはみんな似ていた。寝ていた髪にワックスがついて、眉毛がシュっとする。そしてこれをしたからといって、結婚できるとも限らない。
 
 見ていて「むずかしいなあ」と思うことがよくあった。お客様が皆「お前は結婚したいんだろ?結婚したくてここに来たんだよな、だったら努力しろ。変われ変われ変われ」と言われているように感じられて、なんとも言えなかった。
 ある一面で、上司や他の相談所の言うことは正しい。異性から選ばれやすい容姿や振る舞いはある程度決まっているのだからそこに近付けろ、というアドバイスは間違ってない。それが功を奏し、婚活をきっかけに明るくなる人もいた。
 だけど一方で、そうやって叩かれることについていけない人もいる。結婚するために、そこまでしなきゃいけないんですか……と疲れてしまう人もいる。そうして、疲れているのに「結婚したいって言ってここに入ってきたのあなたですよね」と詰められる。
 なんだかなあ、とずっと思っていた。
 
 結婚する意志がないわけじゃない、でもそうやって相談所でしばかれるのも嫌だ。アプリも億劫だし、自分から動かなくても自然と結婚できたらいいのに……。こういう気持ちの人は、実は相談所にもいる。で、上司みたいな人に「それでいいのか」と詰められる。
 「市場が求める異性像」に合致しない限り、結婚もままならない世界。それって怖いなとヒヤッとした記憶がある。
 相談所の外にも、こういう体温の人がたくさんいるだろう。実際、同期と話していても「結婚はしたいね」「そのために相談所とか入ろうと思う?」「それは思わない」と言う人が複数いる。
 「それはあなたの周りがそうなだけでしょ」と言われるだろうが、周囲の人々が特別だとも思えない。いつかは結婚できたらいいな、でもガツガツする必要はないでしょ、いまだってそれなりに悪くない生活を送ってるし……。そういう考え。
 相談所によっては「日本の婚姻率を上げる」と息巻いているところもあるが、そのためにはこの、積極的ではないが消極的でもない層にアプローチするのが一番よさそうだ。ただ、この層はなかなか相談所には入らない。
 ひと昔前の日本なら、お節介な親戚や近所のおばちゃんの紹介で結婚していた人たち。プライベートを重んじる現代においては、そういう展開はほとんどない。
 
 他人の私生活を尊重するようになったのはいいことだ。でも同時に、お節介や他者の介入によって結婚できる人たちもいなくなった。自由恋愛か、それとも自らの意志による婚活か。この二択になってきてる。間がすっぽり抜けている。
 公共型の緩いお見合いサービス(※)がそのへんに当たる気はするけれど、いまいち知名度と会員数が低い。バイトを辞めたあともずっとモヤモヤ考えている。


※たとえば関東圏の「紹介婚」。月あたりの利用料は無料、紹介人数の規定がなく「いい人がいれば紹介します」のシステム。年会費が年齢に応じて10,000~30,000円(普通の相談所より圧倒的に安い)。


本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。