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選ばれなくて苦しいなら

「東電OL事件」と呼ばれるものが過去にあった。東京電力で働いていた、いわゆるバリキャリの女性が、渋谷の道玄坂で遺体で見つかった。事件後、彼女が周囲に秘密で夜な夜な売春していたこと、その結果として殺されたことがわかった。風俗店に勤務したのち、自ら路上で客を選んで売るようになったらしい。

この事件を特集したテレビ番組で、かつて風俗店の同僚だった女性がこんなコメントを寄せていた。「私もこの歳になって、わかるような気がするんです。(彼女は)『お金を払ってでも抱きたい女』と思われたかったんじゃないかって……」。この歳になって、というのは、「若い時ほど性的に求められなくなって」を意味しているように聞こえた。

女性の恋愛における「選ばれない/愛されない苦しみ」は、おおっぴらにはとても語りにくい。「女の人はなんだかんだ言ってもカラダがあるんだから強いでしょ。選ばなければ相手はいるはず」といった無理解や「オトコが欲しくて欲求不満なの?クソ惨めじゃん、ウケる(笑)」という冷笑に晒されることも珍しくない。

東電OLにも、そういうプレッシャーがあったんじゃないか。「恋愛できない、愛されない、選ばれない」は周りに相談するにはややデリケートな問題だ。嗤われでもしたら立ち直れないだろう。また相談したところでどうなる問題でもない。自分がこんなことで悩んでいる事実自体、誰にも知られたくない。それでも女として誰かに承認されたい。そういう鬱屈が積もり積もって、最後には路上売春という形になり、事件が起こった……。

本人の気持ちはもう誰にもわからないから、これはあくまで想像だ。

この「選ばれない苦しみ」に真っ向から向き合ったのが次の作品だ。中村うさぎ『私という病』。作家本人によるルポルタージュで、「女性として求められたい、性的に有利な立場であることを自己確認したい」という思いから風俗嬢になり、実際にそこで働く過程を描いている。

中村うさぎもまた東電OLに触れ、「自ら客引きをする路上売春は、リスクが高過ぎて自分にはできなかった。でも彼女の葛藤に自らを重ね合わせて考えられるところはある」と、その内面を推し測ろうとしていた。そしてまた、中村や東電OLの苦悩に対し、女性たちから少なくない共感の声が寄せられたとも書いていた。実際に風俗業には従事しなくても、その気持ちがわかる人は珍しくない。選ばれない、無価値感で苦しい、せめて体だけでも求められたい、そういう切実さ。

もちろん男性にも、同じような苦しみはあるだろう。いま読んでいる『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』は、男性のそれについて描かれている。就労や社会的成功、自立への圧力が女性よりも重くのしかかること、社会的挫折がそのまま性的挫折に繋がってしまうこと。そうして「愛されない」と愚痴ったところで、待っているのは非難の嵐であること。また、女性と違って性風俗で売り手になる方法もレアだ。

この本の中には「補遺」として「認められず、愛されずとも、優しく、幸福な君へ」として、愛されていない自覚を持つ男性に向けられた文章がある。書き手は「人生の中で誰にも愛されない人は愛されないままだろう、と僕は考えている」とした上で、それでも生きていこうと説く。

いつまでも悲しみ、弱さにぐねぐねと迷い、ぐにゃぐにゃ葛藤していていいんだ。それしかないんだ。苦しく、惨めで、せつなくて、死にたくても、前を向いて生き続けるから、他人を傷つけずに優しく生きようとするから、君は人間として本当に気高いんだ。

それは女の人も一緒じゃないかな……と思う。恋愛で認められない鬱屈から男性に向かって攻撃的になる人も、帰らぬ人となったOLのように危険に身を晒す人も、他人や自分を傷つけ破壊しようとしている。そんな風に見える。彼女たちにも同じ台詞がかけられるんじゃないだろうか。

「愛されない」苦しみに「先に愛しましょう」と言うのは簡単だ、簡単で正しい。そして冷たい。ファン・ジョンウンの小説の、こんな一節を思い出す。

誰も私に優しくないのに、どうして私が誰かに優しくしなきゃいけないの?
──『誰でもない』

誰も自分に優しくないときに、それでも他者や自分に優しくあろうとすること、それは確かに気高い。難しいことかもしれないけれど、そこで人間としての意地を張るのがより良く生きるためには必要なんだろう。自分も人間関係と無価値感に苦しんだときはあったけれど、あのとき自己破壊しなくてよかった。

世の中にはいろんな微妙な形の愛があって、性愛ばかりが愛じゃない。恋愛で認められないことは即終わりじゃないし、面倒を見ている他人の子どもへの愛情や、ただ淡々と生活している人々に感じる静かな愛情まで、いろんな愛の形がある。そういうことに気づければ、暗い苦しみのどこかにひとつ、空気孔が開くんじゃないか。息ができるようになるんじゃないだろうか。


引用:杉田俊介『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』集英社、2016年、151頁。(リンク先はすべて楽天ブックス)

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