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歩けるって幸せ

 靴屋に行く。修理できないから履きつぶしてください、と言われたブーツ(このときの ↓)がリアルに限界を迎えたからだ。

 
「今日来ていただいてよかったですよ。その型ね、今月で廃盤になっちゃうんです」

 靴屋さんは淡々と解説する。他のブーツはどれもワイルドな雰囲気で、これみたいにちょっとエレガントなのがないんですよ、だから気に入ってるお客さんが駆け込みで買いに来られますね。

 客側に選ぶ権利がないのを感じる。

 

 このブーツは、地面を蹴って歩けるギリギリの高さのヒールがある。これ以上だともう足に悪い。靴屋さんは「かかとの高いこういうタイプので歩くと」パンプスの全体丈が高くなったような形のを持ってきて解説する。「爪先立ちで歩いてるも同然なんです。かかとから歩くと靴が壊れちゃいます。で、足も壊れちゃいます」。

 さらっと言っているものの目が笑ってない。おとなしく前と同じブーツをお願いして帰ってきた。足のサイズに合わせて作ってもらうので、出来上がりは一か月後になる。

 

 わざわざ作ってもらうのは、既製品にサイズがないからだ。足に厚みがなく、何を履いてもパカパカになってしまう。止まるところのないので、足は靴の中を泳いで爪先のほうへと滑っていき、結果つまさきが圧迫されて痛くなる。この痛みにはずいぶん悩まされた。

 

 痛みを引きずっていたときに知ったのが「シューフィッター」なる資格で、これは靴のフィッティングを専門にしている。足の長さ、厚み、形の特性。人が靴を買うときには「23.5」など長さしか気にしない傾向があるが、本当はもっとたくさん見るべきところがある。この資格を持っている人に訊けば、これらを加味して痛くない一足を見つけてくれる。

 それで「シューフィッターのいるお店」を検索し、いろいろ巡ったあとで今のお店に辿り着いた。

 

 大きい百貨店の婦人靴売り場であれば、結構な確率でこの資格を持った人に出会う。自分も最初はこういう場所で見てもらった。「足の幅が広いから、大きめのを履きたいんですけど」と言うと、シューフィッターは首を振った。「広くないです。足が柔らかいのに大きすぎる靴を履いているせいで、足が広がってしまっている。もっと細いのを履いてください。足に合ったサイズのを履いてあげてください。でないと痛くて当たり前です」。

 

 このときはっきり言ってくれた人はいまでも尊敬している。しっかりした雰囲気の女性で「革靴は最初、キツいくらいでちょうどいいんです。革は伸びてまいります。かなっっっらず伸びてまいります」と強く主張されたので、革というものの特性だけはここで叩き込まれた。

 

 実際、革製品は伸びると後がない。婦人靴に使われるのは柔らかい革が多く、よって伸びるのも早い。最初にキツいからと言って無理に押し広げたり、ひっぱったりしないこと。緩んできたらおとしなく買い替えること。もったいないからと言って、ガバガバになったのを履き続けないこと。じゃないと幅広の靴を履いているのと同じことになり、足が痛むから。

 以上を教えてくれたのもこのときの女性だった。

 

 いまお世話になっている店には、同じように足を痛めた人たちが駆け込んでくる。こういう人を数多く見た上で店主は言う。何度おとずれても同じことを言う。かかとの高い靴は悪さをしますよ。爪先だけで歩いているも同然だから、足が壊れちゃうんです。

 

 爪先の痛みに悩まされなかったら、こういう話を聞くこともできなかった。作ってもらう以上、靴のお値段はそれなりだけど、ここはお金をかけるところだ。あまりの痛みに靴を脱いで帰った日もあったから、ちゃんと歩ける幸せはよくわかる。

 

 フィッターのお姉さんは元気だろうか。私は元気に歩いています。

本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。