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【詩を紹介するマガジン】第5回、谷川俊太郎

教科書で名前を見た詩人ナンバーワン、谷川俊太郎。とはいえ、代表作以外はよく知らない人も多い。優れた作品が多いので、たくさん紹介したいところだけれど、今日はこれ一本に絞る。生きる理由をシンプルに語る一篇、「冬に」。

谷川俊太郎「冬に」

ほめたたえるために生れてきたのだ
ののしるために生れてきたのではない
否定するために生れてきたのではない
肯定するために生れてきたのだ

無のために生れてきたのではない
あらゆるもののために生れてきたのだ
歌うために生れてきたのだ
説教するために生れてきたのではない

死ぬために生れてきたのではない
生きるために生れてきたのだ
そうなのだ 私は男で
夫で父でおまけに詩人でさえあるのだから

昔に比べて、いつでもどこでも人を否定し説教できる環境になった。SNSがあるから相手には困らない。とにかく誰かを捕まえて、それは違うあれは間違ってるこれはこうすべきだと言うことができる。それが現代。

だけど、そんなことのために生まれてきたんだろうか。誰かに罵倒の言葉を差し向けて自己満足に浸るために、聞かれもしないアドバイスをするために。誰かを否定するために、そして最後には死ぬために、生まれてきたんだろうか。

そんなことないのだ、きっと本当は誰だって。攻撃的な台詞を発する、その同じ口で歌うことができる。文章でご高説を垂れることもできれば、誰かを称える言葉を紡ぐこともできる。何かを否定しているときは、本当はあったはずのすべての美しいチャンス──人を励まし、あるいは歌を歌って上機嫌に過ごし、誰かに愛を伝えること──を失っている。

そんなことのために生まれてきたんじゃない、と言う。そんなシンプルな詩だ。難しい比喩も使われていないし、小さな子どもでも漢字にルビが振ってあれば読めるだろう。簡単に読める。でも、言ってることは少しも簡単じゃない。

今日どれくらい、人のいいところを見つけて伝えられただろう。それは、誰かを否定する回数よりも多かったか?口に出して言ったわけじゃないけど「あの人のここが嫌い」とか「あの台詞が不愉快だった」とか考えてなかったか。いままでに歌った回数と、人に余計なことを言った回数、どちらが多いだろう。そんなことを考える。

「なんのために生きているのか」は重い問いだ。人生で何を達成したいのか、君の目標は何なのかと問い詰められている気になる人もいるだろう。そういう、重たい問いかけ。だから誰もが自然と避けてしまう。

本当は、重たいから避けるのではなく、ただ考えるのが嫌なだけなのかもしれない。考え始めたら、人を批判するよりも、褒め称えなくてはならなくなるから。説教するよりも、歌を覚えなくてはならなくなるから。本当は毎日の生活の中に、生きる理由が潜んでいると認めなきゃならないから。

日々の生活を変えるのが面倒だから「なんのために生きるのか、なんて重い問いだよ。人に考えさせるようなもんじゃない」と言うのかもしれない。

でも、毎日の些細な行動は、いつも「なんのために生きるのか」の小さな答えになっている。誰かを励ますときは、その人を励ますために生きていて、料理をするときは、食事を作るために生きていて。そして、誰かを罵るときは、罵るために生きているのだ。

それくらいなら、歌っているほうがずっといい。罵るより説教するより、人を褒め称えるために生きるほうがいい。人を貶めるために文章を書くくらいなら、詩を読むために生きるほうがずっといい。


いまこれを書く傍ら、ラジオからはOfficial髭男dism「Stand by you」が流れている。谷川俊太郎の詩を紹介しながら、流れてくる音楽に耳を預ける、いまを生きている理由だなんてそれで十分だ。


本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。