いい道具に助けてもらうこと

夜な夜なランニングをしているので、ちゃんとしたシューズを買いに行こうと思った。

靴屋で「ランニングシューズを探していて」と言うと、店の主人は一瞬、怪訝そうな顔をする。冬にスポーツシューズを買う客はあまりいないらしい。

「皆さん、夏に買われて冬には履かなくなっちゃうんですよ。寒いから外に出ないって言ってね。でもそうですか、何かご希望があれば」

言われて、走りやすければなんでもいいです、と答える。それは本音だ。別にオシャレなウェアに合わせるわけでもないし、色も形も特にこだわりはない。とは言え、靴を見繕うほうにしてみれば「なんでもいい」が一番困るわけで、一応「水色とかあれば……」と伝えてみた。

靴屋の主人が、わずかに顔をひきつらせる。「水色ですか」

慌てて「走りやすさ最優先でお願いします」と付け加えると、彼は「3.5のDを出してもらえますか」とアシスタントらしき女性に指示を出す。すぐに二足のシューズが出てきた。

片方は、爽やかな白地に淡い黄緑色の線が入っている、軽やかな感じのもの。もう一足は、赤紫で重たそうな、ごつい感じのシューズだった。履いてみてください、と促されて試したが、想像通り二足の重さはまったく違う。前者を指して
「軽いですね」と言うと、靴屋は間髪入れず
「なんでだと思いますか」と言う。

一瞬「?」と考えたけれど、彼は答えを待たず「部品を抜いているんですよ」と続ける。

「だから軽いし安いんです。足をホールドしてくれる部品が抜けているんですよ。皆さんね、軽いほうが走りやすいだろうっておっしゃるんですが、軽ければいいというものではないんですね」

見ると、後者の重たいシューズは底が厚い。その分、アスファルトに当たった衝撃を吸収してくれるので脚への負担が少ないとのこと。内心「ほー」と思ったものの、素人のランニングにそこまでの機能が必要なのか、とも感じていると、その考えを見透かしたように

「素人だからこれで十分だろうって、安い靴を買って行かれる方、いるんですよ。でもね、衝撃に耐えて走り、かつグラつかないで走行しようと思えば、脚に相当な筋肉が必要です。むしろアスリートじゃないからこそ、靴で補強すべきだと僕は思いますね」

それは、セールストークであると同時に、靴屋さんの本音に聞こえた。結局、お値段は張るけれど走りやすいほうを買って帰ってくる。

「弘法筆を選ばず」とはよく言ったものの、裏を返せば「素人は筆を選べ」とも言えるわけで。今日そのシューズで走ってみたら、これが走るスピードから走り方まで変わるし、前より遠くまで行けたので、すっかり道具の力に降参している。プロじゃないという自覚があればこそ、道具はいい物を使ったほうがいい。そんなことを思いながら走っている。

本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。