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ホテル以前【建築お仕事日記】

 建設現場を映したカメラ映像を、仕事中ときどき見ている。北国に建設中のホテルの様子を今日は見ていた。現場はまだ、ほとんど更地の状態。土ばかりの殺風景な映像を前に、ホントにここに建物が建つんだろうか、とぼんやり思う。
 
 経営者側が公式サイトに出している完成予想図には、瀟洒な客室のイメージ図が描かれている。広いダブルベッドに大きな窓、いまの現場からは想像もつかない。それでも映像の中では、淡々と工事が進んで行く。水色や黄色の重機が行ったり来たりして土を掘り出し、作業員はそれを見ている。
 
 自分が前にいた現場では、大きな公共施設を建てていた。現場入りしたときには既に骨組みができあがっていたけど、中身はすっからかん。職人さんたちは「ねえ~これ本当に間にあう?」と言いながらも、工期が近づくにつれ猛スピードで仕上げていった。
 
 横のプレハブ小屋からぼーっと見ている間に、施設の内部にエレベーターがつきエスカレーターができて、利用者を案内する表示が各所に掲げられる。やがて私たちのよく知る施設の形が出来上がり、職人さんたちは次の現場へと消えていく。
 
 建物って、本当にゼロからできあがっていくんだな……という奇妙な感慨と共に、自分も現場を去った。本社のオフィスには、そこの公共施設の映像も送られてくる。働いていたプレハブ小屋はまだ建っていたが、そのうち消えてなくなるだろう。
 
 ホテルのホームページは、当然うつくしいことばかり書いてある。アクセス抜群でデザインも高貴、ラグジュアリーなリゾートライフをお届けします……ってなもんだけど、現場はてんやわんやだ。資料を開くと、担当者の声すら聞こえてきそうな気がする。
 
 主に衝突しているのは、設計・デザインと現場施工の人たちだ。要約すると「このデザインにしてくれ」「できるわけねえだろ」というやり取りを延々としていて、おしゃれな建物にはよくある話。
 
「4/100勾配で作るのは不可。設計に申し入れる」
「この設計だと冬には雪がたまって、すがもりの危険性が増す。(冬の札幌だぞ?)」
など、現場のピリピリした空気を思い出す意見が、オフィスのパソコンの画面を埋める。
 
 「すがもり」は、雨漏りの雪バージョンってところだ。屋根に積もった雪が水と化して、室内に流れ込んでくる。南北に長い日本列島の、南に住む人は知らない現象だ。関係者の出身地が気になる。
 
 どんな建物も「ラグジュアリーなリゾートライフをお届けします!」と叫ぶだけではできない。どんなにきれいなお題目を並べても、美しい理念を語っても、それだけで建物はできない。
 
 重機を動かし土をならし、杭を打ち込み囲いを立て、ヘルメットをかぶって電動ドリルを握り、あるいはクレーンに乗る。そういう人たちがいて、建物はできていく。城を建てるのは王ではなく大工である。
 
 むかしまだ働いていない頃、喫茶店で隣に座ったおじさんが言っていた。
「俺はね、都庁をやったんだよ。あの屋上までのぼって完成のとこまで見てたんだ。気持ちいいね、デカい建物が建つっていうのは。いやあ、あのときの見晴らしはよかったよ」
 
 そうなんだろうな、と今になって思う。喧騒とホコリだらけの現場で働くのは、たいていさしておもしろくない。だけど出来上がりの瞬間だけは、いつも誇らしい。あのおじさん、今どこで働いているんだろうな。
 
 一緒に現場にいた先輩の一人は、大規模な駅の工事に参加している。前の公共施設で働いていた職人さんたちと、また会うことになるらしい。世間って狭い。一期一会に見える現場での出会いも、実はまた別の場所での再会につながっている。
 
 ホテルの完成はいつだか知らない。できたら行ってみたいけど、高いだろうな。

本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。