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分身の術、あるいは「オリヒメ」の話

 小さいころ「未来の技術」と言われて思い浮かべるのは、たいてい瞬間移動だった。人類は進歩しているんだから、それくらいあっという間にできるようになる。そう思っていた。なのに成功した人がいるという話は、いまのところ聞かない。
 
 人工知能のほうは著しい進歩を遂げているので、「瞬間移動するには」と聞いてみた。返ってきたのは「人間のような大きな物体だとむずかしい。あと100年はかかる」。
 

Bing AI


 逆に、100年かければ望みが出てくるのだろうか。時間がかかっているのか、意外と短い期間なのか、判断がつきかねる。一個だけ確かなのは、2年や3年、あるいは10年や20年じゃ無理だということ。
 
 なんで自分がそんなに瞬間移動に興味があるのか。たぶん幼いころの生い立ちが関係しているだろう。家庭の事情で、父や兄と別居する生活をかつて送っていた。会おうと思えば飛行機に乗らないといけないし、車酔いの激しい自分には空港までの道のりも辛い。何回吐いたかわからない。物理的移動なんて大嫌いだ。
 
 しかしそうはいっても、AIにあと100年はかかるって言われたからなあ、瞬間移動。人工知能がときどき嘘をつくのは知っているけど、これに関しては嘘とは言いがたい。
 
 であれば、発想を転換するべきだ。移動しなくて済むようにすればいい。ざっくり言えば、わたしがいろんなところに分身を持てばいい。こっちの街には「わたしの分身A」がいて、向こうの街には「わたしの分身B」がいる。そうしてその場にいたいときに、それぞれの分身に乗り移ればいいのだ。こっちのほうが現実味がある。
 
 なんで「現実味がある」と言えるのか。実は「分身ロボット」というアイデアはもう実現されているからだ。自分が物理的にそこにいなくても、その場に体を持っているように振る舞える。ロボットは「オリヒメ」と呼ばれている。
 
 ホームページの紹介文章をそのまま借りると、こんな感じ。
 

子育てや単身赴任、入院など距離や身体的問題によって行きたいところに 行けない人のもう一つの身体、それが「OriHime」です。
 
「誰かの役に立つことをあきらめない」
「寝たきりで声を失っても会話できる」
「今の自分に合った働き方ができる」
 
OriHimeは、距離も障害も昨日までの常識も乗り越えるための分身ロボットです。


 分身ロボットは腕や顔を動かすことができる。「なんでやねん!」と腕を使ってツッコむことも可能なら、首をぐるっと回して後ろにいる人に話しかけることもできる。もちろん腕があるから物も持てる。遠くにいる人に「お茶をどうぞ」って物理的に出すことができる。
 
 実際、この分身ロボットを使ってカフェで「働いている」人もいるらしい。接客し、コーヒーを淹れる。生身の人間が普通にやっていることを、ただ分身ロボットを使ってやるだけ。違いはそれだけ。
 
 HPからもうちょっと紹介の言葉を引くと
 

育児、介護、入院などで出社できなくても、あなたの代わりに職場にいてくれます。 人が身振り手振りやアイコンタクトを交えて操作するからこそ、顔を見てやりとりするような自然で密度が高いコミュニケーションができます。

遠隔会議システムやチャットツールでは難しい、立ち話をするような コミュニケーションが可能です。

https://orihime.orylab.com/


 なんていうか、新しいテレワークが可能になる予感。オリヒメは「そこにいる」ことができる。ビデオ通話と違って、お互いが時間を合わせて画面に貼り付いていなくてもいい。お互いによそ見をしたり、なんとなく距離を取って見守ることができる。本当にそこにいるみたいに。
 
 これはいいなあ、と思った。最近、素直に「これはいい」と思えた唯一のものかもしれない。「未来」って感じがする。瞬間移動ができなくたって分身の術という手がある。



開発者の本はこちら。いま読んでいる一冊。


本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。