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【読書感想文】「リボルバー」「たゆたえども沈まず」から考える美術との向き合い方

美術に関しては知識もなければ才能もない。旅先に有名な美術館があれば訪れてはみるものの、作品との向き合い方、鑑賞の仕方が分からずに、ただ“綺麗”だとか“すごい”だとか、ありきたりで感想としてなんとも乏しい言葉しか浮かばないまま流し見るだけ。一つの絵にじっくりと向き合っている人がいれば、彼または彼女の目にはその作品がどのように映っていて、そこから何を感じとっているのだろうかと、教えてもらいたくなる。

そんな私だが、原田マハさんのアートミステリー作品を読むと、アートに触れたてみたくなる。なんだか美術との向き合い方を知った気になるのだ。

「楽園のカンヴァス」を読んだ後、どうしてもこの目で表紙に描かれているアンリ・ルソーの絵を見てみたいと思い、ニューヨークのMoMAを訪れた。とは言え、オーディオガイドがないと他の作品の見方は分からないと思い、1点1点ガイドを聞きながら観て回れば、時間なんていくらあっても足りやしない。気が付けばその説明音声にぼーっと耳を傾けて、ワンフロアに2時間も滞在していた。そもそも関心があったのはこのルソーの「夢」一点。ニューヨークには美術なんかよりも見たいもの、行きたいところが多くあったので、駆け足でそれ以外のフロアを巡り退散した。

あれから数年。「たゆたえども沈まず」を読んだ後、あの時MoMAで見たかもしれないゴッホの「星月夜」がおぼろげな記憶として浮かぶ。だが、展示品を眺めたというよりかは、スーベニアショップでこの絵のポストカードを見た気がするだけという残念さ。

「リボルバー」を読んだ後も同様の後悔をした。この小説を手に取る1年ちょっと前に訪れたパリのオルセー美術館の上階の一角に、確かにゴッホとゴーギャンの作品が並列されたコーナーがあったことを覚えている。ただ、彼らのどんな作品がそこにあったのかはほとんど記憶にない。(なんとなくスマホで写真を撮ったゴッホの自画像だけ)

さて、「たゆたえども沈まず」と「リボルバー」の2作品。どちらも実在者(ゴッホとその弟のテオ、ゴーギャンやその他の画家たちなど)と架空の人物が入り混じってる。私は「リボルバー」から読んだのだが、美術史の知識が皆無の私には、実話とフィクションの境目が分からず、2つのリボルバーの存在も、この作品上のゴッホの死についても実話なのかと思ってしまうほど、フィクションの部分が実話に融合されてリアリティを帯びている。
「リボルバー」で展開されたゴッホ他殺説は、そのあとに「たゆたえども沈まず」を読んで、やはりフィクションであったと認識した。

物語内に出てくるアート作品の説明描写が、読者にどんな絵画なのだろうかと興味を抱かせる。読んでいて思うのは、主人公を通して作品や画家について語られる描写に、著者のアート愛と画家への尊敬の念がにじみ出ていることだ。

美術館でアートと真摯に向き合うには、画家の生い立ちや人柄、時代背景、描く作品の特徴なんかを知っておく必要があるのだろうとつくづく思う。そうすれば、アートを観て感じるものが違ってくるのだろうと。

原田マハさんのアートミステリー作品は、私の中に美術への興味関心という新しい芽を植え付ける。その芽を大きく育てたいほどには美術に惹かれないけれども、枯れてしまう前には、もう一度MoMAとオルセー美術館を訪れて、物語にでてきた絵画を過去とは違う視点で鑑賞してみたい。


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