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ラーメン屋である僕たちの物語1st 13









Tっさんの目には



脂ぎった赤い炎が宿り


ブルブルと大きく震える手には


包丁が握られていた




そして


その切先は…








僕に向けられていた…











「少年の詩」

後編












あ"
あ"
あ"
あ"
あ"
あ"
あ"
あ"
あ"
あ"
あ"
あ"
あ"
あ"





一瞬の出来事だった。


Tっさんが地響きのような低いうめき声を絞り出しながら走り寄って来る。 

しかし僕の思考は目の前の現実に追いつけなかった。

刹那、Tっさんの目から炎が消えて、狼狽の気色に塗り変わるのが見えた。





バァァァン!!





その直後、僕には脇目も振らず、Tっさんはぶつかるように扉を押し開け外に飛び出していった。


その様子を目で追いかけていた僕は、身動き一つ取れなかった…

Tっさんが飛び出した扉を見つめながら
深いため息を震わせて、僕は後ろにあったテーブル席のベンチ椅子にへたり込んだ。

全身の力が抜ける。

今さら脂汗が滲んでくる。


俯き、足元に目線を落とすと、彼の仕事道具がギラリと僕を見上げていた。



〈何が起きたのか〉

〈何がこれから起きるのか〉

〈何が原因だったのか〉



鈍く光る包丁を見つめながら、やっと騒々しく動き始めた思考を手繰り寄せていた。



➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖ 




Tっさんが出て行ってからどれくらいの時間が経ったのだろう。

落とした包丁を手に取り見つめながら、僕はこの事態について考えていた。



〈何が起きたのか〉


〈何がこれから起きるのか〉

〈何が原因だったのか〉



怒気を籠めた僕のあの言葉は引き金に過ぎない。

Tっさんの感情のダムを欠壊させたに過ぎない。


そこまでに彼を追い込んでしまった原因があるのだ。

僕はTっさんに対する自分の振る舞いを振り返った。




めじろ退職から、ひなどり開店時の上手くいかぬ味作り、僕の心の暴走、それら全てをTっさんはずっと見守って、文句も言わず共に歩んでくれていた。

でも僕は、

そんなTっさんに厳しく接してしまっていた。

小さな失敗も見咎め、自分の未熟な型に彼を押し嵌めて、個性を許さず、僕の身勝手な美学を押し付けていた。

お店が軌道に乗り始めてもそれは変わらなかった。

それでも一緒に遊びに行ったりしていたのは、Tっさんの


「幼馴染としての情」が


そうさせてくれていたのではないか。

僕は彼の情に甘えていたのだ。

ここに至るまでに絶望を知り、お客さんの怖さと有り難さを知った。

だから、それを教えてくれたお客さんに真剣に向き合おうと心に決めた。

でも、まず一番に向き合うべきは、共に歩んでくれていたパートナーであるTっさんだったのではないのか。

そこを尊重せず蔑ろにしたから、この事態は起きてしまったのではないのか。


僕は、自分に落胆した。

Tっさんを尊重できなかったこと。

彼の優しさに甘え続けていたこと。

自分の甘さ、未熟さに嫌気が差した。



僕はいつも、無くしてからその大切さに気づくのだ。

しかし今ごろ気づいたところで、もはやこんな事態が起きてしまった。



もう、Tっさんは戻って来ない



彼が僕に包丁を突き立てなかったのは何故か。

目に宿る怒りが狼狽の色に変わったのは何故か。


あの瞬間、Tっさんは我に返ったんだ。


あの低いうめき声は、感情と理性がせめぎ合う悲痛な雄叫びだったんだ。

その時の彼の気持ちを考えると胸が苦しくなる。

僕はまたTっさんに救われたんだ。


Tっさん…


ありがとう…(ごめん…)



➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


夕方になり、寒さが鋭さを増し始めた頃


「キィっ」


店の扉が開いた


今夜は営業する気持ちにもなれなかったので

「本日夜の部臨時休業」

の張り紙をしていた。

張り紙をしていても、気づかずに扉を開けてしまうお客さんはいる。

僕はその対応のため、席を立ったが…


「Tっさん…」


Tっさんがバツの悪そうな顔をして立っていた。

僕の顔を見るなり

「先ほどはすいませんでした。お世話になってるのに…」

「しばらく外で頭を冷やしていました」


と、深々と頭を下げる。


追い詰めてしまったのは僕なのに、なんで君が謝るんだ…



「Tっさん、俺………」



この先のことはお互いよく覚えていなかった。



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12月末…


「Tっさん!醤油ラーメン、3番さんにお願い!」

「はい!」

「店長!1-5,2-3,3-5お願いします!」

「はい!ありがとう!」

「Tっさん、急がなくて大丈夫だよ!」

「はい!大丈夫ですよ!」


小さな店に僕たちの「元気」が響く。


あの件があってからの僕らは

何をされたら、言われたら嫌なのか

何をされたら、言われたら嬉しいのか

それがお互いの頭の中にしっかり入っていた。

これを僕たちは


お互いの「取扱説明書」を得た




と表現している。



人と人が理解し合うために必要なのは


その付き合いの長さではない



深さだ



今は心からそう確信している。


僕たちは20年以上も付き合いのある幼馴染だ。

それでも、心からお互いを尊重し分かりあうには、一線を超えなくてはならなかった。

もちろんこんな形じゃなくたって、本音を語り合い、ぶつかり、分かりあうこともできるだろう。

しかし、僕たちにはこれ程の熱量をぶつけることでしか分かり合えない部分が残っていたのだ。


今の僕たちには、誰も介入することのできない付き合いの長さも理解の深さもある。


僕たちは本当の意味でパートナーになれたのだ。


僕はその喜びに震えていた。

このまま、ひなどりは大きく羽ばたける。

このチームでならどんなことも乗り越えられる。

悪い予感の欠片もなかった。



溌剌とした笑顔で働くTっさんを見ながら



僕はそんな「夢」を見ていた。






…to be continued➡︎






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