見出し画像

真のプロの仕事は基本的な作業の「精度」を高めていくこと(心臓外科医の仕事術に学ぶ)

外科医の仕事には純粋に興味があり、ドキュメンタリーを見たり、本を読んだりすることが多い。人の命と向き合いながらも、己の技術の研鑽に励む、まさに職人であり、プロだ。外科医としての仕事術を、自分の仕事に当てはめて考えてみるのが好きだ。

著者は、現在、川崎幸病院で大動脈センターを作り、センター長として活躍しておられる山本晋氏。心臓外科手術の中でも大動脈手術という「地味」な分野(ご自分で言われている)のプロフェッショナルとなった方のお話だ。天才!とか、スーパープレイ!ではなく、一歩一歩コツコツと積み上げていく大切さを教えている。

いくつか刺さった部分を私のコメントをつけながら紹介してみたい。

仕事は「頭(脳)」でするもの

「外科医は手先が器用とか言われるが、私にはその意味がよくわからない。指先は手とつながっていて、手は腕とつながっていて、腕は肩につながり、その先には首があって、そして最後は脳につながる。つまり、このすべての部分が有効に働くから、手先が手術に必要な動きをするのである。常日頃「手術は手でするものではない、頭でするものだ!」と後輩たちに口を酸っぱくして言い聞かせている(P30)」

手術に必要なのは、手先の訓練ではなく、頭の訓練。これは、著者の基本的な考えだ。手術だけではなく、突き詰めるとどんなことも「脳」が関係していることを改めて気付かされた。最近読んでいた、林氏の「勝負脳の鍛え方」でも触れられていた考えだけど、スポーツも身体競技というよりは「脳」の競技と言える。人間のあらゆる活動は、脳の訓練だ。

脳の訓練の大切さを裏付けるのは、著者が大動脈手術をマスターするためにベイラー医科大学のコセリ先生に師事した際のエピソード。コセリ先生の手術に付き添った著者は、その手術の術式をひたすら目に焼き付けて、休憩時間にノートに書き取っていく。そして家に帰ってノートの清書をする。これが、留学における最も大事な日課だったのだ。

500例以上の手術をまとめた後のこと。

「はじめの頃は、一例のノートをまとめるのに何時間もかかることがあった。・・・たかがノートをまとめるのに毎日徹夜していたなんて、普通の外科医が聞いたら「なんで?」と思われるに違いない。でも、私にとっては、このノートを書くことが唯一で、しかも最良の手術習得法であった。このノートを書くことが、留学における最大の自分の任務であると決めたのである・・・・ほぼすべての大動脈手術の術式を、何度も何度もノートに清書した結果、もうノートを取らなくてもコセリ先生の術式が頭のなかに入っていることに気がついた。そのときの感激はいまでも忘れない。頭と手は直結している。頭の準備はできた・・・と思った。(P35-36)」

まずは、頭のなかに、手術の術式を叩き込むこと。つまり、脳の訓練。頭の中で、大動脈手術をマスターしたのだ。外科といえば、とにかく「場数」で、難手術をこなせるようになるというイメージがあったけど、その考えが覆された。

「手術はスポーツではない。何回も繰り返し、筋肉や関節や骨格に覚えこませるものではない。もちろん反復練習も絶対必要ではあるが、それがすべてではなく、むしろ反復練習よりも、頭で理解することの方が、はるかに重要であると思う。手術を自分で行うためには、その術式の工程をすべて理解し、把握している必要がある。・・・頭で手術の工程を何度も反復して、シュミレーションを繰り返すことである。そして、それは一度見た手術を、手術が終わった後に、逐一ノートに書き写すことによって可能となる。気取った言い方をすれば、手術はメスによって上達するものではなく、紙とペンによって上達する・・・(P44)」

最も高度な手技のひとつである心臓外科手術を身につける手法が、このノート法にあるのだから、別の職種でも、他のどの分野も同じように訓練していくことは可能ではないか。

私の仕事に置き換えてみると、年に10回以上のプレゼンの機会があるけれど、大事なのは単に「量」をこなす、本番を何度もこなすというより、頭の訓練、基本に忠実に何度も何度も手順をアウトプットすることなのだと学んだ。記憶を本当に定着させるには「出力」する訓練が大切。

見て覚えたと思っても、例えば、図化してみる、または文字にしてみると、意外にあやふや。こういうことはよくあるもの。正確に細部まで、まずは紙面上で表現できるかどうか、それを詰めていく。このために、私はマインドマップを使う。

一度まとめて終わりではなく、同じ題材を何度も何度もまとめ直す。そうすると、自分の中でまだ十分にまとめきれていない部分や、掘りが甘い部分、重要ではないのにふくらませている部分が多く見つかってくる。細部まで、つめていくと、当然ですが、完成度の高いプレゼンとなる。

私は著者のように、人の命に直接関わる緻密な技術を研鑽しているわけではないものの、プロフェッショナルになる仕事の訓練の仕方という点で、大いに学びがある。基本に忠実に「脳」を訓練し続けよう。

さて、大動脈手術は、著者によると、大変「地味」なものだという。他の分野の手術ではスーパーテクニックを披露するような花形医師もいるようだけど、著者が目指す理想はそれとは異なっている。

基本的な作業の「精度」を高める

心臓外科医というと「神の手」とたたえられ、スーパープレイをしている人と思われがちだけれど、実はそうではない。真のプロの仕事は地道なものだということが分かる。

「簡単なパーツをこつこつと積み上げていく作業なら、その作業手順を知れば誰にでも施工可能となる。これが私の考える標準的手術、手術の標準化ということである。標準化の目指すところは「誰にでもできるよい手術」なのである。(P111)」

「私が目指してきたものは、町の職人のようにいったん作り上げた方法(手術技術)を、来る日も来る日も同じように繰り返し、その精度のみを極限まで高めていく手術である。(P159)」

本書で、著者は自分のことを「アンコウの吊るし切り」にたとえている。どんどんと、切り取られて、やがては骨身になってしまうアンコウのように、自分が培ってきた技術を標準化すればするほど、後進があっという間にそれをマスターしていわば追い抜いていく。そこに一抹の寂しさや不安を感じるのも正直なところ。しかし、それが医療界や大動脈手術というそのジャンルにおける進歩を考えれば欠かせないのだ。

スーパープレイで圧倒し、あの人には誰もかなわない!そう言われると気持ち良いかもしれない。しかし、その個人技だけでは、新しいものは何も生まれない。大事なのは、一人でも多くの基本的な技術をもった医師を輩出すること。多分に自己犠牲的な著者の姿勢が見て取れる。

真のプロフェッショナルというのは、自分のためではなく、誰かのために、まだ見ぬ多くの人のために働くのだ。著者が川崎幸病院に大動脈センターを開設したのもそのためだ。 

仕事を正確に行うこと

著者が主に師事したのは、コセリ先生だけれど、この本の中にはクーリー先生という当時世界最高と言われていた心臓外科医の手術を学んだ時の記述も載せられている。クーリー先生の手術は他のどの外科医よりも「ゆっくり」に見える。しかし、手術が終わってみると、どの外科医よりも半分ほどの時間で手術が終わるのだ。

「手術中にクーリー先生がよく「Confidence」という言葉を口にしていた。些細なことでも、絶対に確実だという確信を持って進めなさいということだ。(P181)」

物事を確実にひとつずつ進めていくことの大切さ。それが結果としてはもっとも早い方法なのだ。新奇なテクニックをいろいろ集めるより大事なのは、基本の仕事の精度。今やっている作業が「絶対確実だ」という確信を持って進めていくこと。

スピードよりも大切なモノがある、そして、結果として、それはスピードにつながる。かっこいいなあ。聞きかじりではありますが、このスタイル、ぜひコピーしたい。

さて、著者にとって、プロとはいったい何なのだろうか?最後にこの言葉を紹介してみよう。

プロフェッショナルとは?

「プロフェッショナルとは・・・最初から決まったルートなどなく、一人一人がみな違ったルートをとって、最終的には「こんなところまでよく来たな・・・」という境地に達するのである。近道などない、時間をかけず、努力もしないで一足飛びに獲得できるようなプロフェッショナルはないと思う。別の見方をすれば、取り立てて器用でもなく、要領の良くない人でも、コツコツと目の前の仕事を積み上げていくことによって、誰も到達し得ない境地に達することができるのではないか。それが職業というのもではないだろうか。そう確信している。(P185)」

もともと、医師の家庭に生まれながらも、医師になる夢を持っていなかった著者が、ある時たまたま目にした救急医療に関する雑誌に触発され、医師を目指し始める、やがて心臓外科医になり、その中でも大動脈を選び、日本ではまだまだ技術が稚拙だったため米国に留学し、やがて日本での大動脈の権威になり、後進を育て・・・

すべて予想できるコースではなく、目の前にあることをコツコツ積み上げてきた。そのときに自分の前にあるものに、一生懸命取り組んできた結果。実際にプロというのはそういうものなのかもしれない。

思えば遠くへ来たもんだってことかな。どんな仕事も、トランジション。

まとめ

医師ならずとも、何らかの分野でプロになることを志向している人にとって有益な本だった。過去に読んだ、「究極の鍛錬」でも扱われていたが、面白くない訓練をひたすら積み立てていくこと、それ以外に、究極のプロになる方法はない。

1.しばしば教師の手をかり、実績向上のために特別に考案されている。2.何度も繰り返すことができる
3.結果に関して継続的にフィードバックを受けることができる
4.チェスやビジネスのように純粋に知的な活動であるか、スポーツのように主に肉体的な活動であるかに関わらず、精神的にはとても辛い
5.あまり面白くもない

ひとつひとつの過程は必ずしも楽しいもの、ワクワクするものではないかもしれない。しかし、たどり着いて高みから見下ろした時の景色は最高のものになるだろう。 私はまったく別分野だけど、これからも「訓練」し続けたいという気持ちを新たにした。

時には、ある分野のプロフェッショナルの仕事術を読むのは、自己啓発になるのでおすすめだ。

#川崎幸病院 #大動脈手術 #山本晋 #プロフェッショナルの仕事術 #書評 #読書感想文 #角川SSC新書

この記事が参加している募集

#読書感想文

190,781件

大人のADHDグレーゾーンの片隅でひっそりと生活しています。メンタルを強くするために、睡眠至上主義・糖質制限プロテイン生活で生きています。プチkindle作家です(出品一覧:https://amzn.to/3oOl8tq