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発達障害の周囲の人たちという視点【NHK-BS世界のドキュメンタリー】兄と奏でるノクターン 〜発達障害 家族の情景〜

「発達障害」というキーワードで、ふと目にしたドキュメンタリー。制作は韓国。現在32歳のウン・ソンホは、天才的な音楽才能を持ち、ピアノ、クラリネット、バイオリンを弾きこなし、注目を浴びる音楽家だ。発達障害の凸凹な特性は、時に、常人を圧倒する才能としても表出する。(参考:発達障害の「好き嫌い」を大切にする。生まれ持った才能を発掘する方法。

もっとも、彼は軽度な発達障害の範疇に入る部類ではなく、いわゆる「自閉症」のようだった。音楽才能はすごいのだけれど、日常生活は身だしなみを整えること(服を着ること、髭を剃ること)も何もできない。母は、ほとんどすべての時間、ウン・ソンホの世話をして過ごしている。母は、彼の才能を伸ばすことだけに、すべての時間とエネルギーを費やす。

そこで、このドキュメンタリでは、発達障害を全く違う視点から切り取るために、弟のウン・ギョンギが登場する。彼も音楽が好きなのだが、残念ながら、発達障害の兄ほどの才能はない。兄にかかりきりで、なかなか愛情を注いでくれない母親へのいら立ち、何もできず、会話も通じない兄へのいら立ちが画面からあふれ出てくる。

ラストシーンは、ロシアでの演奏旅行、兄のクラリネットと弟のピアノで、ノクターンを奏でるシーンだ。「初めて兄と会話できたようだ」と語る弟。発達障害の兄と、定型発達の弟の心の交流を描いているという。

発達障害の周囲の人たち

正直なところ、兄と弟にどれほど、心の交流が生じたのか番組を見ているだけでは分からなかった。弟は最後まで、発達障害の兄をなじり、いら立ちをあらわにし続けるからだ。その状態の中で、最後のシーンで共に演奏する中で「こころが通じ合った」といっても無理があると思う。

むしろ、この作品は発達障害の周囲の人たちの苦しみと葛藤をリアルに描いているのではないかと感じた。

この作品を見ている最中に思い出したのは、NHKの朝ドラ「エール」の主人公、裕一(窪田正孝)の弟、浩二(佐久本宝)だ。兄の裕一は小さいころから、不器用で何一つできないが、とにかく音楽だけには半端ではない興味を示し、徐々に才能を発揮していく。親の注意が裕一だけに注がれているのを知る浩二は、どんどんすねて、いじけていくのだ。

私は、以前、下記の記事で、発達障害の特性を伸ばす周囲の受容的な態度について書いた。裕一を囲む人たち(父・妻・友人たち)は、異様なほどに、彼の才能を認め、それ以外のことは何も求めない。発達の特性を伸ばすカギはそのような「OK牧場」的な態度にあると感じたから。

しかし、この記事を書いた時には、発達障害の周囲の人たちの視点は、十分に理解できていなかった。視点をどこに置くかで見える風景は全く異なってくるものだ。

どこまで周囲は犠牲を求められるか

裕一が成功するのと同じほど、浩二も成功し、幸せになるべきではないのか。ソンホにかけられるのと同じほどの期待が、ギョンギにかけられていたら、彼も音楽家になれたのではないか。兄と弟の間には、明らかな差別(区別)・不公平がある。それでも、凸凹な発達の特性と可能性を伸ばすために周囲は奔走しなければならないのか?考えさせられる。

ギョンギは、母親がソンホの可能性に「コインをかけ続けている」と皮肉を語る。決して当たらないギャンブルだ。何十枚もコインを溶かし続けている。もし、そのコインを自分に投資していたら、もっと成功したのではないかと感じているのだ。それがギョンギの本音だ。

しかし、「大人」になったギョンギは「もしソンホが本当に音楽家として大成するなら、自分もコインを投資しても良い」とも語る。今回のロシア演奏旅行に随伴したのは、その可能性を感じていたからでもあるのだろう。兄の才能により、家族が恩恵を受けるほどに稼げるようになるのであれば、弟も兄を認める(?)かもしれない。

もちろん、それはビジネス的に、という意味でである。これが、たどりつける最大の譲歩か。

あまりスポットライトを浴びることがない、発達障害の周囲の人(兄弟)に注目した興味深いドキュメンタリーだった。周囲の葛藤を考えると、私の中では、発達障害の特性の伸ばし方に関しては、まだこれが正解という考えには至らない。まあ、物事は、そんなに単純ではないということだろう。

そして、この番組を見ていて、感じさせられたことがもう一点ある。

「発達障害」という概念の広さ

発達障害がタイトルに来る番組なので、思わず見てしまったわけだが、その障害の程度は、私の予想とは大いに異なるものだった。「音楽才能のある発達障害の若者」という触れ込みだったので、軽度のASD(自閉症スペクトラム)を想像していたが、ソンホはそれ以上だった。

家族も彼と意思の疎通がほとんど取れないことを嘆いている。

もし、ソンホを発達障害と銘打つのであれば、いま巷にあふれている発達障害を名乗りたがる人たちとは、あまりにも大きな差がある。これが、まさに、この本で危惧されていたことなのだ。(参考:「発達障害」という曖昧な用語と、統一性のない診断と猫も杓子も。

明らかに「日常生活が送れないレベルの発達障害」と、「周囲とのギャップで生きづらさを感じるというレベルの発達障害」は同じジャンルでは語れない。用語の氾濫も、発達障害への必要以上の差別や誤解を生む一因になっているのだろう。やはり、安易に発達障害という言葉を使えない気がした。

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綿樽剛の著書一覧

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大人のADHDグレーゾーンの片隅でひっそりと生活しています。メンタルを強くするために、睡眠至上主義・糖質制限プロテイン生活で生きています。プチkindle作家です(出品一覧:https://amzn.to/3oOl8tq