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企業と従業員の目線で考える、ストレスチェック制度の課題とは

ストレスチェック制度は労働安全衛生法に基づき、2015年12月に施行されました。
アルバイトや派遣社員なども含め、従業員数50名以上の事業者は実施が義務づけられています。

この制度は、労働者のストレスの程度を把握し、労働者自身のストレスへの気付きを促すとともに、職場改善につなげ、働きやすい職場づくりを進めることによって、労働者がメンタルヘルス不調となることを未然に防止すること(一次予防)を主な目的としたものです。(注1)

厚生労働省が2020年に行った実態調査によると、メンタルヘルス対策に取り組んでいる61.4%の事業所のうち、その内容として、61.9%が「ストレスチェックの実施」と回答しています。

多くの事業所が義務として取り組んでいるこの制度は「一次予防」として、本当にそれぞれのストレスを正確な値で従業員に把握させることができ、メンタルヘルス不調を防ぐ事ができるのでしょうか?
この記事ではそのストレスチェック制度の課題について考えます。

■ 本当にフォローが必要な人にリーチできない

2019年にストレスチェックに取り組んでいる企業や団体の人事労務担当者や産業保健スタッフなどの担当者に向けた調査が行われました。
彼らが一番課題と感じていることは、「高ストレス者で医師面談を希望しない人へのフォロー」という回答でした。

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(注1)

実際に、厚生労働省が2017年に公表した資料によると、ストレスチェックを受けた労働者のうち、医師面接を受けた労働者は約0.6%にとどまっています。
しかし厚生労働省は過去の調査より、「高ストレス者」は全体の10%程度いると示しています。

つまり医師面接対象者で、現状把握や今後のアドバイスを必要としている高ストレス者の半数近くは医師面接を受けていません。
数字から見ても、本当にフォローが必要な人に手が届いていない現状がわかります。

ではなぜ、高ストレス者の半数近くが医師面接を受けていない、受けたくないと考えているのでしょうか。

・組織や上司への不信感

上司との関係が悪く評価への悪影響を心配するとか、長期的に職場状況が悪く「何を言っても変わらない」というあきらめがある場合等である。(注2より引用)

また、実際は面談を受けたくても、上長にその事実を知られたくない、不都合・理不尽な処遇をされるかもしれないと不安に感じて、面談予約に踏み切れない人もいます。

・高ストレス者≒業務多忙

そもそも、高ストレス者は日々の業務に追われ、医師面談を予約する時間・考えすらない、という現状も十分に考えられます。

長時間労働や責任のある仕事を任されている従業員ほど、職場環境の改善だけでなく、彼ら自身の生活習慣の改善も必要です。

また、抑うつ感との関係が深いといわれる睡眠の質、睡眠時間、食事の習慣、飲酒・喫煙等のプライベートの生活の状況も把握し、それを軸に保健師等の産業保健スタッフによる生活習慣管理の支援を行うことも効果があると思われる。(注3より引用)

■ 従業員にとっては、「形だけ」

先述は企業側にとっての懸念点について挙げましたが、従業員にとってのストレスチェックに対するデメリットを調査した結果があります。

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(注4)

多くの従業員がストレスが形式だけの実施で効果がなく、本当に意味のある取り組みなのかという疑問を抱いています。

個人結果を返却して終わり、というのでは組織に対する期待や信頼感は回復できず、受検率も年々減って制度が形骸化することが懸念される。(注2より引用)

形だけで、意味がないと懸念される根本は、「問診」という形式にあります。
厚生労働省が推奨している調査票は、57項目の質問に対し、自身の程度に当てはまる段階をチェックするという内容です。
この「問診形式」のストレスチェックには2つの大きな問題があります。

・嘘がつけてしまう

1つは実際の症状とは異なる嘘をつけてしまう、という点です。
これは社内の人事評価上、うつと診断されたくない、あるいは診断されたい、という意思が介在することで、本意と異なることを回答する人もいます。
良く見せようとも、悪くみせようとも、自分で回答を操作できてしまうとなれば、結果の判断が難しくなります。

・疲労度と疲労感のギャップ

もう1つは、実際の疲労度と、自分が感じる「疲労感」との間にはギャップがあるという点です。
徹夜明けにアドレナリンが出て逆に元気に感じてしまうこと、あるいは責任の重いプロジェクトを任され、数か月間は気を貼って元気に活動していたにも関わらず、プロジェクトが終わった瞬間にパタッとメンタルが崩れてしまった、などの例は少なくありません。

■ ストレスチェックの今後

先述の通り、ストレスチェック制度には多くの問題や懸念点があります。
高ストレス者へのフォローは、ストレスチェックを社外のサービスや外部機関に依頼したり、時間と費用は掛かるものの、全員に面談やヒアリングの機会を設けるなどして対応が可能です。

全員にヒアリングを実施するという前提なので、医師面接を申し出ない高ストレス者にも産業保健スタッフやEAP機関のスタッフが面接を行い、産業医につなぐことができる。さらに当該職場のストレス要因を具体的に把握し、効果的な対策を打つことも可能である。(注2より引用)

しかし、問診形式のストレスチェックには「疲労感」と「疲労度」を区別できないという点、また人事評価に影響が出ないよう本意でないことを答えてしまう人がいるという大きな課題がまだ残っています。

そこで近年注目が集まっているのが、ストレス測定器を用いた定量的なストレス測定です。
精度はまだ決して高いものとは言えませんが、アプリと連動したスマートフォンのカメラで測定できる簡易的なものもあります。
その他、医療機器はもちろん、ウェアラブルデバイスや気軽に手首に巻けるものなど、多数市場に出回っています。
まるで体重計に乗って体重変化を見るように、気軽にメンタルの状況を、視覚的に認識できるような時代になっているのです。

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注1:厚生労働省労働基準局安全衛生部(2016)『労働安全衛生法に基づく
ストレスチェック制度実施マニュアル』
注2:株式会社アドバンテッジ リスク マネジメント(2019)『ストレスチェック義務化3年目に関するアンケート』
注3:長見まき子(2018)『ストレスチェック実施後の課題・問題点への対策』関西福祉科学大学EAP研究所紀要
注4:前田一寿(2017)『ストレスチェック 集団分析にみる組織課題の読み解きと実践的活用法』関西福祉科学大学EAP研究所紀要
注5:DIMSDRIVE(2015)『ストレスチェック』インターワイヤード株式会社,https://www.dims.ne.jp/timelyresearch/2015/150421/

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