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チャイで取り戻すもの

2か月前から、毎日チャイを煮出している。
チャイカフェに行ってみたのがきっかけだ。そのチャイカフェでの時間は素晴らしいもので、チャイをゆっくり飲みながら、チーズケーキをちびちびと食べ、『おじさん』というおじさんたちの写真集をじっくり眺めた。贅沢な時間だった。
こんな時間が自分の部屋にも訪れたらいいな、と思って缶入りの茶葉を買って帰った。

チャイの作り方は案外簡単だ。
小鍋にお湯を沸騰させ、茶葉を入れる。
弱火で2分煮たら牛乳を加えて、煮立たせる。
1~2分放置して、火を止める。
茶こしで茶葉を取り除き、カップに注ぐ。
砂糖かはちみつを加えたら完成。

作る時間は短いが、豊かな音と匂いが溢れている。
ぽこぽことお湯が沸き、木のスプーンでさらさらっと茶葉を入れる。
スパイスの独特な香りがキッチンに広がって、鍋に顔を近づけると蒸気でぽかぽかする。
茶色い液体に、牛乳の白がぱーっと広がって、ミルクティー色に変わっていく。
牛乳が沸騰すると、噴水みたいにフワフワ~っと泡が膨れる。
最後は茶こしに鍋のチャイを注ぐ。あつあつのチャイは鍋の淵にぶつかって、チリチリッと音を立てながら、カップに注がれる。
とろーり、はちみつを加えたら、甘い匂いが幸せな気持ちを運んでくる。

スマホばかり見て、冬眠していた感覚が刺激されるのが心地よく、すっかりチャイづくりにハマった。今では業務用の茶葉を大量に買い込んで、その日の気分に合わせてスパイスを多めにしたり、ハーブティーと組み合わせたりしている。

毎日チャイを淹れるたび、何かを取り戻していると感じる。
取り戻しているのは何だろう。

暮らしのリズム。
チャイづくりに溢れる音が、わたしの暮らしのリズムを取り戻す。
ぽこぽこ さらさらっ
ぽかぽか ぐつぐつ
フワフワ〜ッ チリチリッ

わたしの感覚。
音を聴き、匂いを嗅ぎ、暖かさを感じる。
忙しさに覆われて、閉じていた感覚が開いてゆく。

からだの声。
今日はどんな調子ですか?そんな問いかけをして、茶葉の配合を決める。
からだの声を聞いて、労わる。
頑張っていてもいなくても、労わってあげる。

まあるい心。
体が冷えて、お腹が空いていると大概心がささくれだって、ひとりぼっちであるような気がしてくる。温かくて甘い液体をごくりと飲めば、喉からお腹へ温かさがひろがっていく。

暮らし「らしさ」、わたし「らしさ」、、、そういう曖昧だけれど暮らしの根幹を担うものをチャイづくりを通して取り戻している。
「わたしらしさ」というのは目に見えないものにも関わらず、必ず持つように強制されている。
「あなたらしい選択をしなさい」という言葉は、小学校の美術の時間から就職活動までずっと言われてきたことだ。
しかも自由に「わたしらしい選択」をできるわけではない。世間の「普通」の範囲内で。もし「普通」から外れるのであれば、代わりにそれ相応の苦労を。
そんなの、選択したくなくなってしまうよ。
本来「わたしらしさ」というのは、選択などという重いプレッシャーを伴う行動とセットなわけではなく、暮らしや呼吸の中に潜んでいるもの。ただ息を吸って吐いて生きていれば、その人から漏れ出すものでしかない。そういうひそやかな「わたしらしさ」を、私たちは情報の海の中で手放し、忘れてしまう。
InstagramやYouTubeでは、あたかも生き方の「正解」があるように人びとの生が描かれている。でも「正解」なんてない。

だから、チャイを淹れて飲むことで、海の中に漂っている「わたしらしさ」をたぐり寄せて、「わたしって、こんなだったか」と思い出す。

チャイじゃなくてもいい。
あなたが息をしやすい心地よさ=「わたしらしさ」を思い出す時間が訪れますように。

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