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英国エンタメ界での日本人の活躍

「アンシ シテクダサ~イ」。
「安心してください、穿いてますよ」が流行語になったときから、夫が愛用しているこのフレーズ。(英語話者は語尾の「n」を子音だけ喉の奥のほうで発音しているため、「アンシ」のように聞こえる様子) “安心できない”理由があるからこそ私のツッコミを待って言っているわけなのであるが、夫の名誉のために名言は避けておこう。

英国の公開オーディション番組「BRITAIN’S GOT TALENT」の予選で、「TONIKAKU」こと、とにかく明るい安村さんがウケたことを知って、このギャグがお気に入りだった私たちもなんだか嬉しくなった。でもその後、思いがけず決勝まで進出し「イギリスを席巻」という見出しまでつけられた日本のメディアのニュースを見ていて、英国人にそこまで受け入れられたのかしらと気になってきた。

そこで、夫の家族のWhatsApp(LINEのようなメッセージアプリ)グループに、普段は英国ベースの会話にあまりついていけないのでほとんど発信しない私も、思い切って発信。「これ知ってる? 面白いと思う? 日本で流行ったときから夫は大好きなギャグなのだけど」と、TONIKAKUの動画を送ってみた。すると、義母だけ「彼はとても面白かったと思う」と反応してくれた。…が、逆に言えばそのほか全員にスルーされてしまった。

グループの構成は70代の義両親、40代前半の義兄、アラフォーのその妻、30代後半の義弟と、アラサーのその妻。義父と義兄夫婦は興味ないだろうと予想していたものの、30代後半の義弟はいつもジョークを言っているオモシロ大好きな人。その妻も若い世代で、エンタメニュースはチェックしているのではと思っていたのだけれど、無反応。つまり、まったく知らなったというわけで。動画を見てもそれほど刺さらなかったのだろう。

ちょっと拍子抜け。

来日する夫の従兄のリチャードと会うことが決まったとき、絶対にこのことを聞いてみよう!と決めていた。
というのも、そのリチャードは元役者で、大学で「Clowning」を教えていると聞いていたから。Clown(クラウン)とは英語でピエロのこと。つまり、ピエロをすること=「道化学」とでも言えるのだろうか。日本でも役者さんやアナウンサーさんがその技術を大学で教えたりしているように、実技を教えている元喜劇役者さんなのだろうと思っていた。

ところが先日初めて会ってよく聞いたら、役者時代は小劇場のいわゆるアングラ系の舞台役者だったそう。メジャーに挑戦してオーディションを受けた時期もあったけれど違うと感じ、キャリアを考えたとき、体系的に学問するテーマとしてクラウンを選んだとのこと。
英国で人を笑わせる演技がどんな変遷を経たのか、時代背景との関連、人間の心理との作用や、それを表現する身体的な動作などについて研究し、博士号を取得した大学教授だった。

そんな教授に恐れ入りながらも「TONIKAKUって知ってる?」と聞いてみたら、申し訳なさそうに「知らないな」。やっぱりその程度だったのか…と思いながら、あの番組で決勝まで行った日本人だと説明すると、「ああその人か」と話が通じた。名前までは知らなかったけれど、芸の内容とウケたことは知っていたようだ。

どう思うかを聞くと、最初に出た言葉は「彼は sweetだよね」。
スイートには「甘い」からつながった「優しい」「ここちよい」といったたくさんの意味があって、この場合は「かわいらしい」というニュアンスかなと思う。
たどたどしい英語で、一生懸命な健気さが受け入れられたのではないか、とのこと。

そして、「やっぱり、“お約束”は強いよね」。
観客は何が起こるのか完全にわかっている。「Don’t worry, I’m Wearing(安心してください、穿いてますよ)」が来るのを待って待って…「来た~!」となる。これは笑わせる定石だよね、と。
「I’m wearing pants.(パンツを穿いています)」が文法的に正しいけれど、あえて目的語のpantsを入れない不完全な文章にしておいて、「Pants!!」と叫びたくなるのを計算していて、それがうまくはまったということは、日本の情報番組でこのネタの英語監修をしたカナダ人の噺家さんも言っていた。

英国人には独特の皮肉っぽい笑いのツボがあると聞いたことがあるから、TONIKAKUが英国でウケた秘密があるのかな、と期待したけれど。どちらかといえば、人間の普遍的な心理を利用したネタで、ウケた理由は英国も日本と変わらなかったようだ。

どう思うかというよりは分析の後、リチャードは「あの番組は、笑って喜ぶ観客のリアクションを編集でインサートしてるよね」とちくりと付け加えていた。
はっ。確かに。制作側にとっては、番組としてどう盛り上がりを作るかということが大切で、日本でも英国でも、そのための“演出”を加えていてもまったく不思議じゃない。

リチャードと別れた後、私が内容をちゃんと理解できていたのか、夫とこの話をして、ついでに「家族のグループでママしか反応してくれなかったのは、ママはテレビっ子で観ていたけど、ほかの人たちは観てなかったからだよね?」と言ってみた。(実は、みんなからスルーされたのがちょっと悲しく…)日本でだって、M-1優勝の芸人さんが日本を席巻!という雰囲気になっても、それはお笑いに興味がある、たぶんどちらかといえば若い層だろうなと考えながら。

すると「そもそも、あれは中高年の女性に人気の番組だからねぇ」と、意外な答え。
え、そうなの? インサートされる観客が若い人たちだから、てっきり若者層が観ている番組なのかと思っていた。そうするとなんだかちょっと話が違うのでは…? 「席巻」というのはやっぱり言い過ぎかな。そして、英国でTONIKAKUは、主に中高齢の女性に認知されているのが妥当なところかと思う。

義母からのTONIKAKUが面白かったというレスポンスには、「日本人の“Dart Farter”も面白かったわ」という一言が添えられていた。Dartとはダーツのこと、Farterとは「おならする人」。うーむ…? とチェックしてみたら、日本では話題にならなかったけれど、「おなら芸」の市川こいくちさんという芸人さんも出場していたよう。さすが、リアルBRITAIN’S GOT TALENTファン。詳しい。

リチャードとTONIKAKUの話をした後、「日本人で国際的に知られている人って誰だろう」という話になった(らしい)。Yoko Onoとかいう名前が出て、その後なんとなく日本語っぽく聞こえたけれどキャッチできない単語があり、私は英語での会話に完全についていけなくなってしまった。

後で聞くと、「Giri/Haji」と言っていたとのこと。Netflixオリジナルのドラマで、そのまま「義理/恥」というタイトル。英国のスタジオが制作した、日本人主人公の、日本とロンドンを舞台にした任侠ものだった。義理と恥という日本らしい価値観を入れていることからわかる通り、日本のことを描こうとしている意欲作と言える気がする。(まだ数話しか視聴していないが)

リチャードの中では、このドラマに出ていた俳優は、英国ではそれなりに知られている日本人という認識だったようだ。(この出演者たちについても、名前までは憶えていなかったようだけれど)日本人はあまり知らないところで、国際的に「活躍」している日本人たちがいる。

この作品の冒頭はロンドンで始まり、すぐに日本人が食事をしているシーンに切り替わる。そのBGMがコテコテの昭和な演歌のイントロ(「長崎は今日も雨だった」)で、私は直観的に「日本での昔の回想シーンかな」と感じていた。
すると夫が「昔のことを表してる気がしてるんじゃない? でもそうじゃなくて、これは今の東京に飛んだだけだと思うよ。英国人がイメージする日本の音楽って、こういう音楽だから」。

日本人が英国と聞いたとき、ファンであればハリー・ポッターなどにも飛ぶと思うけれど、コテコテなものなら、ユニオンジャック、お城、衛兵さん、アフタヌーンティー、ビートルズ…といった、なぜかクラシックなものをイメージするところは大いにあると思う。ビートルズは、日本でいう「昭和な」音楽のようで、夫はいつもうんざりしている。
それと同様に、日本と言われて多くの英国人がぱっとイメージすることは、クロサワ(でもほとんどの人が映画を観たわけではないそう)、ニンジャ、サムライ、ヤクザなど…そして音楽なら演歌だそうだ。

「ドラマの小さい部分に注目したら、そういう誤解のせいで変なところがいくつもあると思うよ」。
そう言われたときにちょうど映し出されていた食事のシーン。(実際、場所が東京に変わっただけで昔のことではなかった) 俳優さんが使っているお箸がやけに長くて太かった。日本の和食的な高級居酒屋かレストランという設定のようなのに、明らかに日本の和食系飲食店で出されるお箸ではない。「きっとこのシーン、向こうの中華レストランかなにかで撮影したんじゃない?」と言って笑った。

そのほかの日本の設定のシーンは日本でロケしていたように見え、即座にツッコむような小ネタは今のところあまり見つかっていないけれど。登場人物の基本的な設定に大きなツッコミどころがあって、実はそもそもこのお話、成立していないんじゃない?という想いがずっともやもやしている。日本では絶対にないはずだけれど、英国ではあり得るのだろうか…。なかなか凝ったつくりのストーリーになっているのに、そこは少し残念に思う。

ロスト・イン・トランスレーション(翻訳するうちに伝えたいことを見失う)。
その違和感にもしかしたら意味があるのかもしれない。もしかしてもしかしたら、その深読みを狙っている演出ということもありえなくはない。でもやっぱり、ただの誤解が招いた「変な」シーンなのかもしれない。きっとそういうことって、いろんな作品に起こっていることなのだろうと思う。
いつもなら自分の理解力不足って流してしまうところを、そんなふうに考えたりしている。

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