宛先が正しくても届くとは限らない
お元気ですか。いま好きなものはなんですか。近頃あなたの琴線に触れた本や音楽はありましたか。かなしい思いをしていませんか。笑える場所と泣ける場所の、どちらも手の届く場所にありますか。いつの日か聞かせてくれた夢はもう叶いましたか。
わたしはあまり後悔をしない性格ですが、あなたとの縁が些細なことで切れてしまったこと、ひいてはその縁を繕う努力をしなかったことを、今でもすこし悔いています。
思えば当時のわたしは、大切なものに真正面から向き合うのが怖かったのでしょう。傷付けることも傷付くことも恐ろしく、逃げる以外のやりかたがわからなかったのです。
ナイトショーの帰り道、広い道路を大きく使って、劇中歌を高らかに歌いながらホテルまで歩いたあの瞬間に戻りたいと、ふとさみしくなるときがあります。
「あなたの選んだ傘なら梅雨も楽しいと思うから」と、傘を選ばせてくれた感性のうつくしさに、いまでも柔く救われることがあります。
あなたと言葉を交わす時間が好きでした。たおやかで、怜悧でありながら感情の滲むようなあなたの言葉をもう聞くことはないのでしょう。
あのときどうすればよかったんだろうと考える夜があります。
そんなときは、どこかで元気にしていてくれたらいいと思い目を瞑ります。
あわよくば、あなたの中のわたしの記憶が、思い出す度に痛みを伴うようなものでなければいいと祈ります。
お元気ですか。
わたしは、今でもやっぱり、すこしだけ、あなたがいなくて寂しいです。
聖母の名前を冠するあなたへ。
わたしより。
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