好みの異性のタイプを答えよ
「芸能人だと誰が好き?」
数ヶ月前、会社の飲み会で先輩の女性社員からそう訊かれた。
どう答えたものかに迷い、私はただ口ごもってしまった。
恋ならば、誰もがしたことがあるだろう。
ラブソングは100万人のために唄われるのだから。
恋バナが「鉄板」になるのも、どうやらそういう理由らしい。
「芸能人だと誰が好き?」
この質問も、カルチャーの話としての質問ではなかった。
「芸能人で言うと誰がタイプ?」「芸能人だと、誰と付き合いたい?」と同様に、すなわち好きな異性のタイプを容姿とくに顔という観点から訊ねる質問――すなわち恋バナなのだった。
私が恋バナを恐れるのは、決まってろくなことにならないからだ。
互いに自分の妄想を垂れ流し、気分良くなって帰る――そんな会ならばなんとも平和である。
しかしそうは問屋がおろさないのが世の常だ。
恋バナには恋愛力の審査という側面があり、「馬脚」を現そうものなら即座に「それはないよ」というツッコミを食らうことになる。特に会話が男女混合である場合、女性から男性に対して、よりその側面は強調される。
私の同僚が昼食時に結婚観を話したところ、その場の女性から「ありえない」と総攻撃を食らったというエピソードからも、この見立てはわりと実際に即しているのではないか、と思う。
「芸能人で言うと誰がタイプ?」
ここで問われているのは「異性を見る目」だ。
合コン必勝法を書いたネット記事にも「答えてはいけない芸能人」がよく書いてある。
あまりにも理想高すぎなんじゃない?
いかにも男が好きそうな女って感じがする。
そんなことを思わせないような「アリ」なチョイスが肝心とかなんとか。
私は、その先輩の女性社員に「アリ」とされたいわけではなかった。
私はただ、彼女にとって「ナシ」な回答をして説教される事態をなんとしても避けたかったのだ。
その先輩が、ある男性社員の恋愛事情について2時間ほど説教していたという話を聞いていたから。
そして私は、冒頭で述べた通り答えに窮した。
その人が知っていて、かつ「ナシ」ではない芸能人。
そんな都合のいい名前が思い浮かばなかったからだ。
石原さとみとか新垣結衣がその場における平穏な回答だとはどうしても思えなかった。
しかし、中京テレビの磯貝初奈とかが正解でないことは流石に分かっていた。
私がなかなか答えないことに業を煮やしたのか、先輩は「あー、わかった!」と言った。
「ねえ、橋本環奈でしょ。橋本環奈なんでしょ?」
橋本環奈はたしかに可愛い。
しかし、それはさすがに「あまりにも」なのではないだろうか。
また、私と彼女は年齢が離れていて、「好きなタイプ」として挙げるのは「あまりにも」なのではないだろうか。
私が当惑して何も言えないでいると、先輩は「へえ、そうなんだね」と言った。
かくして先輩の一存により、私の好きな芸能人は橋本環奈になった。
今でもときどき思い出す。
「芸能人だと誰が好き?」という質問を。
会話の最後に先輩が見せた「へえ、ハシカンが好きなんだ」みたいな軽蔑の込められていた目のことを。
あの日、私は誰の名前を挙げるのが正解だったのだろうか。
何度か考えてみたけれど、いまだに答えは見つかっていない。
【今回の一曲】
スキマスイッチ/キレイだ(2005年)
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