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【パワー・オブ・ザ・ドッグ】幾重もの要素が絡み合う現代のニューシネマ

・ベネディクト・カンバーバッチ主演の『パワー・オブ・ザ・ドッグ』を鑑賞して参りました。劇場先行公開のNetflix産の作品であり、配信の方では12月1日からの公開となっております。

・いやー、凄い映画を観た気分です。一口にこの映画はこうだ!と語れない複数の魅力に溢れている作品でありました。大自然・兄弟・恋愛・嫉妬・擬似親子・同性愛etc、様々な要素が絡み合いながら心理的なスリラーヒューマンドラマとして描かれる本作は何とも巧妙だ。物語や台詞で物事をハッキリと観客に分からせる作品ではなく、役者の演技や映像の演出でキャラクター達の心の動きを伝えるそんな映画。恐らく人によって好みの別れる作品だと思うが、刺さる人はなんで面白い作品なんだ!と驚愕する事間違いないだろう。

ネタバレを交えたストーリー概要

・時は1925年、モンタナで牧場を営なむ2人の兄弟牧場主が居た。兄はフィル・バーバンク、教養もあり仕事熱心な男だが下卑た言動や素行の悪さが目立つ嫌な奴だ。弟はジョージ・バーバンク、兄とは違い学歴も無く仕事も出来る風には見えない男だが真面目で優しい奴だ。そんなジョージはある日、皆で立ち寄った食堂の主人であり未亡人であるローズに恋をする。2人は意気投合して直ぐ様に結婚を果たすが、フィルはそれを快く思わない。弟を奪われた様な複雑な嫉妬心でローズに辛く当たるフィル、そんなフィルの態度に心を病みアルコール中毒になっていくローズ。そんなローズには一人息子であるピーターがおり、外科医を目指す彼はインテリでなよっとした男だ。そういうピーターを"お嬢さん"と揶揄うフィルであったが、あるきっかけにより2人は擬似親子の様な師弟の様な関係が芽生えていく………。

・ざっくりとした全体像としてはこの様な内容なのですが、この中での要所要所の人間感情の作り込みが凄いのよ。フィルとローズの嫁姑問題的な居心地の悪さやそんな環境で更にローズが金持ちの家に嫁ぐプレッシャーに苛まれたりと、観ていて辛い状況が多い。

・個人的な解釈の話をしていきますと、やはり1番話したいのはフィルとピーターの関係性だ。フィルは当初よりピーターを女っぽいと野次るのですが、ここには同族嫌悪的な感情が隠されているのです。作中でハッキリとは明言されていませんが、フィルは亡き師匠であるブロンコ・ヘンリーと同性愛の関係に合った事は間違いありません。時代も時代ですからその様な感情を露見する訳にもいかず、フィルはそれを隠す様に生きていたのです。この事からフィルのジョージとローズに対する執拗以上な嫉妬心の謎が解ける訳です。彼等は自分が手にする事の出来ない愛を得ている訳ですから。

・そして次はフィルは何故、ピーターに対して心を開くようになったか?のポイントです。これは2択ありまして、ローズへの嫌がらせ目的で息子と仲良くなろうとしたorブロンコとの想い出に浸るフィルの秘密基地に迷い込めたピーターの感性に興味を惹かれた、だと考えられます。勿論両方の可能もありますがね。まあきっかけはどうであれ、フィルはピーターに対して特別な感情をどんどんと持ってしまった事には違いありません。この件には擬似親子と同性愛の2つの要素が感じ取れるので、鑑賞してかなり驚嘆させられる絶妙な作りとなっているので必見です。一方でピーターは師匠の様に成りつつあるフィルと彼を嫌い嫌われている母親ローズとの間の感情に心を乱されるのです。

・終局、フィルはピーターとの旅の途中で怪我をした手から病原菌が侵入して炭疽病となり死亡します。そして、ここが複雑な要素が最後に絡み合う1番重要な部分でもあるのです。牧場主として優秀であったフィルは常日頃から炭疽病に対して気を配っていたのに何故それが原因で死んだのか。

・外科医を目指すピーターは野生動物から実験に使う為の部分を切り取ったりする行為を行っており、道端で息絶えた牛から一部を採取する為に1人で散策に出たりもしていました。話は変わり、ローズがフィルへの当て付けとして牧場の牛の皮を無断でインディアンへ売り渡す展開があります。ピーターとの旅から帰ったフィルはそれに気づき激昂しますが、何よりその皮をピーターにプレゼントする為に作っていた手編みのロープの仕上げに必要だったから尚の事怒るのです。そこでピーターは自分が死んだ牛からこっそり採取した皮を使ってくれとフィルに渡します。しかしここでピーターは嘘をつき、自分が死んだ牛から採取したという内容は伏せて、牧場にあった皮から切り取っていたという様な旨で誤魔化しました。そしてその皮を使いながら、水の中で手揉みをしてロープを拵えていたフィルは翌日体調を崩して直ぐに亡くなります。ピーターが採取した牛の皮は炭疽病に罹った牛の物であり、手に傷があったフィルはそこから菌が入り込み死んでしまった訳です。

・何とも筆舌し難い最後を迎えるこの映画であるが、果たしてピーターのこの行為は偶然であったのだろうか?と考えてしまう。ピーターは後学の為に死んだ牛の皮を取っておいたのでは無く、この様なチャンスが巡った時のために隠していたのではないのか。勉強熱心なピーターは牛の死因が炭疽病である事に気づいており、母親を苦しめる悩みの種であるフィルを殺す為にそれを利用したのかもと。しかしピーターがフィルに対して尊敬の念を抱きつつある様に感じられたのもまた事実であり、ピーターが作中で野生動物がオオカミに襲われる被害の事を尋ねたり、実際死んだ牛には齧られた跡も描写されていたのでオオカミにやられた牛と認識していただけかもしれない。結局真相は分からず、我々観客の想像に委ねられてしまう。

・と、この様にこの映画は非常に魅力的だ。取り分けフィルとピーターの関係にフォーカスを当ててしまったが、この映画はそこだけには留まらず、ジョージやローズといった他の登場人物達の相関性もまだまだ語り尽くせる複雑な人間模様に満ちているのだ。

・12月1日はNetflixでも配信される為に気軽に見返せるようになり、見返せば見返すほどに新しい発見に改めて気づく事が出来るだろう、この映画は間違いなくそういう映画だ。

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