マリのこと

マリは小学校の同級生で、私と真逆の人生を生きている、大人だった女の子。小学生ながら、20年は先を行っていそうな女の子だった。明るくて、彼女の冗談は本当に面白く、ゲラゲラと笑った。決して人を責める事がなくて、皆がマリの事を好きだった。

マリは団地に住んでいて、お父さんが居なくて、一人っ子でもあったし、団地に付属する保育園の子供達という弟と妹がたくさんいるお姉ちゃんでもあった。一回だけマリの家に行ったことがある。古びた暗い階段だけ記憶に残っている。

勉強はいつも赤点だったけど、女手一つでマリを育てる為に家を空けているお母さんに代わって家事を全部こなしていた。小学校のテストでは100点が当たり前の世界で、学習塾に重いカバンを背負って行って、帰ってきたら母親の作った夕飯を黙々と食べる私とは、文字通りの真逆で、憧れでもあった。

私はマリが大好きだった。でも、マリは間接的に、私を苦しめ始める事になった。マリが私を好きで、私がマリを尊敬する程、私は苦しみ続ける事になる。

小学校を卒業して数年後、高校生になったマリは、私の両親が経営する店にアルバイトとして雇われたのだ。

そこから、母が私とマリを比較して罵る日々が始まった。

マリと比べて気が利かない、さっさと動かない、マリだったらそんな事言わない。頻繁に私はマリと比べられ、母に馬鹿にされた。

大人になって冷静に考えると、仕事中のマリと学校から帰ってきて休みたくて親に甘えたい私を比べる母がおかしいと気づけるのだけど、当時は母の言うことはもっともだと思い、マリの存在が脅威でしかなかった。

そんなにマリが好きなら私を棄ててマリを子供にすればいいのに。そう思っていた。

やがてマリはバイトを辞めた。その後は知らない。実は、両親の店とはいえバイト中のマリと話したことは無いので、私は小学校の卒業式以来彼女とは会っていないのだった。両親は私と弟が就職した年に、入れ違いで店を廃業した。もうマリが来ることはない。

小学校の話に戻るが、調理実習でカレーを作る授業の時、材料を持ち寄ったマリはローリエの葉を持ってきた。私は人参やジャガイモしか思いつかなかったのに。その時子供心に、やっぱりマリは料理のできる、凄い人だと思った。

今でもキッチンでローリエの葉を見る度にマリを思い出す。マリは店先で、母に私と比べられて褒められていたのだろうか。

それにしても、何故マリはわざわざ家の近くでもない私の両親の店にバイトを希望したのだろう。顔見知りで優遇されそうだから?少し怖くなったのでこれ以上は辞めることにする。

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