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風通しのよいクリスチャン家庭 三浦綾子『道ありき 結婚編』

最近、The Secrets of Hillsong、Shiny Happy Peopleと、アメリカの「本当は怖いクリスチャン家庭」のドキュメンタリーを立て続けに見てげんなり、すがすがしい三浦家の話を読み返したくなり、ちょうど10年ぶりに再通読。

新婚生活から『氷点』1等入選(そして母教会の牧師を招いての家庭礼拝の始まり)までを記した回想記である。

再読して、光世氏の家庭内の信仰のリーダーシップに対する感動が強まった。
新婚夫婦は礼拝案内の掲示板を家の前に立て、その後は雑貨屋も開店して、多くの人が集まる場所になったこと。キリスト者の家庭として理想的すぎる。

光世氏の頂門の一針

中でもこの10年、私にとっても大きな教えであり続けている光世氏の導きをいくつか。

(引用者注:近所にライバル店ができ、生計の不安からアルコールの販売を始めたいと相談した綾子氏に対して)
「いや、売る必要はない。もちろん聖書にも、絶対に酒を飲むなと買いてあるわけではないし、信仰と直接結びつける問題ではないよ。しかし、綾子が酒を売ることはないんだ」
「わたしが売って、どうして駄目なの。親に孝行だって、できるでしょ」
「親孝行の金は神がくださる。綾子、お前には酒を売る以外に仕事がないのか。どうしても酒を売りたいというなら、離婚しよう」
離婚のりの字もわたしに言ったことのない三浦から、離婚という言葉を聞いて、わたしはハッとした。三浦は驚くわたしに語気を柔らげて言った。
「もし綾子が酒を売らないなら、すべてはいいことになるよ」
「そう、じゃ、小説家になれる?」
「なれるとも」
確信に満ちた三浦の声だった。
(中略)
わたしは恐ろしいと思った。利益がからむと、かくも容易に自分は変心する。それは決して、即信仰の問題ではなかったが、わたしはその時、信仰もまたこのようにして、崩れ去るのではないかと、恐怖したのだった。
わたしは喜んで、三浦の言葉に従い、酒を売ることを断念した。断念すると気持が楽になった。三浦の言うように、向うの店に客が行くことも考えるようになった。信仰の道は、自分の思いのままに生きることではない。神の意志のままに生きることなのだ。自分だけが得をしようと思ってはいけない。そんなことも少しは考えるようになった。

『道ありき 結婚編』

この「断念すると気持が楽になった」というところ、すごーくよくわかる。神に委ねると平安がくる。

(引用者注:毎年、自宅で地元の子たちのために開くクリスマス会を前にして)
店を始めてからは、集まる子供もぐんと多くなった。子供たちは、その年のクリスマスが終ると、もう来年のクリスマスを楽しみにしているのだ。だがわたしは、さすがに、今年だけは子供クリスマスを正月に繰り延べたいと思った。
小説の〆切は目前に迫っている。小説はまだ完成していない。しかも取らねばならぬコピーは300枚も残っている。その上38度の発熱である。
子供クリスマスのためには、プレゼントを街まで買いに行かねばならない。お菓子も、人数分袋につめておかねばならない。サンタクロースの衣裳を教会から借りる用意もいる。部屋の飾りつけの仕事もある。丸2日はつぶれてしまう。時間を買ってでも欲しいこの時に、子供クリスマスの会を持つことは、不可能に思えた。
「ねえ、光世さん。今年はクリスマスを、正月になってからしましょうよ。小説が間に合わないわ」
言下に三浦は答えた。
「神の喜び給うことをして、落ちるような小説なら、書かなくてもよい」
ふだんは優しいが、一朝事あると三浦は頑固なほどにきびしい。
「でもね、コピーも取らなきゃならないのよ。落選しても、原稿は返さないと、応募規定に書いてあったわ」
「綾子、入選するにきまっている原稿のコピーなど、どうして必要なんだ」
三浦の言葉に、驚いてわたしは彼を見た。
(まあ、まだこのひとは、入選の確信を持っている!)
実は、その年の7月頃、既にこんなことがあったのである。
ある朝、三浦は2階から起きてくるなり、わたしにこう言ったのだ。
「綾子、この小説は入選するぞ」
(中略)
三浦は聖書をひらいて、マルコ伝11章24節を、わたしたちに示した。
(中略)
「ほら、すでにかなえられたと信じなさい。
と、書いてあるだろう。そして、そう信じたら、そのとおりになるのだ。このみ言葉がひらめいたのだ。だから入選するよ」

『道ありき 結婚編』

ちなみにクリスマス会を始めたきっかけは、光世氏の勤め先でキャバレーでの忘年会が計画されたが、幹事が気を回して欠席を許してくれ、浮いた会費の使い道を夫婦で考えた...というこれもまた三浦家らしい経緯だ。

「それからねえ、千万円という金は、吾々には思ってみなかった大金だ。この大金を手にしてから、何に使おうかと考えると、ろくな使い方はできない。やはり惜しくなるからね。わたしは、この使い方も、神の御心にかなう使い方ができるようにと、早くから祈っておいた。神と人のために使うことだね」
(中略)
「綾子、神は、わたしたちが偉いから使ってくださるのではないのだよ。聖書にあるとおり、吾々は土から作られた、土の器にすぎない。この土の器をも、神が用いようとし給う時は、必ず用いてくださる。自分が土の器であることを、今後決して忘れないように」

『道ありき 結婚編』

また、光世氏のご母堂の信仰がすばらしいことも、今回改めて注目した。彼自身も、謙遜なクリスチャン家庭に育ったことがよくわかる。

以下は、都市封鎖が解除されたとき、家の中の仕事だけで食べられるけれども、とりあえずレストランでバイトを始めたときに私が考えたことと同じ。

三浦と結婚して2年ほどはわたしは、ひる、鍵をかけて本を読んでいた。そんな閉鎖的な生活からは、何も生れるわけはない。2人は結婚する時、少しでも人様の役に立ちたいと願っていたはずだった。この田んぼの真ん中に店をひらいても、成り立つかどうか、それはわからない。だが、店をすることによって、少なくとも近所の人と馴染みにはなれる。

『道ありき 結婚編』

この後、その一人にでも伝道ができれば、という願いが続くのだが、私の場合は出勤前に、今日出会うひとりひとりのお客さん、仕事仲間が幸せであるように、と祈る。

先述のドキュメンタリーに描かれたヤバい教会に限らず、私の教会で三浦家レベルなのは牧師一家だけだと思う。そもそも、離婚経験者のほうが多い...。

だが、少なくとも私たちには三浦家という「家庭も教会」の優れた先例がある。心の底からありがたいと思う。

<蛇足>読み返して気づいた負の面

自死の末路を辿る登場人物が多すぎる。戦後という時代で、家庭を開放し、後に著名作家になった彼女のまわりには大勢の悩める人が集まったという特殊事情もあるがそれにしても...。

それから、巻末収録の週刊新潮1999年10月28日号の「墓碑銘」に結構ショックな記述が...。10年前は何とも思わなかった。ここは私の側の変化ゆえだろう。もともと病がちの作家のこと、享年は77で、このせいで命を縮めたとは思わないが、信仰がそっちに行くんかいと残念。光世氏も止めなかったということだ。個人的には離婚したとかよりも残念かも。

また科学的医療だけに頼るのではなく、民間療法も積極的に取り入れようと、マッサージと粉ミルクを中心に食事を最小限に抑える「粉ミルク断食療法」を始めた。その提唱者が医師法違反で逮捕される騒動が起きるが、その効用を信じ、最期まで続けた。

『道ありき 結婚編』


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