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月に溶けるチョコレート


「愛って。なんだと思う?」

仕事終わり、イルミネーションの様に着飾っている街を歩きながら私の部下〈佐栁〉が言った。


「ねぇえ、先輩。
愛ってなんだと思いますか?」
「知らないよ。急に何言い出すの。」

佐栁の額にデコピンをする。

「いったぁ…。んもう、先輩はこういう話興味ないですよね〜。少しは興味もったらいいのに…。」
「そういうのは他人〈ひと〉から言われて、抱くもんじゃないの。」
「でもでも!私は先輩とこういう話がしたいんですっ!可愛い後輩のためだと思って…!ねっ?」

「はぁ…。」と息を漏らす。

「少しだけだからね。」
「やったぁ!ありがとうございます先輩!大好き!」
「あーはいはい。」

"少しだけ"。その言葉が彼女にとってとても嬉しかったのだろう。それとも、そういう話を話せる事が嬉しいのか。どちらにしても、彼女がこの街の光にも劣らない程の笑みで隣を歩いているのは、なんだかとても輝いて見えて、彼女の嬉しそうな表情を見ると私まで嬉しくなった。

「それで、話戻しますけど、愛ってなんだと思います?」
「赤いんじゃない?」
「あか?」
「バレンタインとか、そういう気持ちを伝える日のイメージがあるから。愛って。
ハート型とか。個包装とか。そういうのって赤いリボンや、赤い包装紙を使ってたりするでしょ?」
「あーだから赤。」
「そういうこと。それに、私はそういうの考えた事なかったからこういう安易な考えしか出来ないの。」
「そんなことないですよっ!
先輩の意見、興味深いですっ!メモ取りたいくらい!」
「そんなのメモとらなくていい。」
「えへへ はーい。」

満足そうな足取りで彼女は歩く。
そんな彼女の背中を見て、私は声を掛けた。

「佐栁は?」

「え?」

彼女は手を後ろに回して、こちらにくるんっと体を向けた。

「佐栁は、愛ってどんなのだと思うの。」

きょとんとした顔をしていた彼女だったが、後ろに回していた右手を口元にもってきて、私の顔に自身の顔を近づけてきた。

「気になるんですか?」

瞼に月を描いた様な彼女のにまにまとした表情を見て、私は目を逸らした。

「…気になるから訊いた。」

彼女は顔を離し、また手を後ろに回し、手を組む。

「私はですね。
愛って、チョコレートだと思うんです。」


「……私と同じ?」
「ふふ。確かに似てますね。
先輩は包装。私は中身だと思ってます。
愛って、どろっとしてる愛もあれば、スッキリサッパリとした愛もあるんです。
…あると、思ってるんです。」

『先日、22歳男性が刺されたという事件が発生しました。
犯行に及んだのは24歳女性。会社員。
動機は、彼を愛していたから自分のものにしたかった、とのこと。
男性の知人から聞いたところ、数ヶ月前から男性はストーカー被害に遭っており、警察に届出を出していたということがわかっています。警察は、男性が言っていた女性は今回の事件の加害者である△⚪︎×%さんであると分かりました。』

都会の喧騒の中、一つのニュースが大きなスクリーンに報道されていた。
佐栁はスクリーンを見つめながら、思いに耽っているようだった。

「…佐栁?」
「ほら、あのニュースみたいに。
ストーカーしてた女性は彼を愛していたんです。でも、その愛は拒まれて、それでも愛していたんです。チョコレートが溶けてどろどろになるみたいな愛の形。味はきっと、粘っこくて、舌に残って。……血液の味もしますよ。」
「…え」
「自身の血液や髪の毛をチョコレートに混ぜて渡す人がいる、って話聞いたことありませんか?」
「いや、無い、けど…。」
「いるんですよ〜?この世の中に結構たくさん。
自身の体液を相手に飲ませるんです。どんな方法でも。そしたら、ひとつになれる。
そういう愛の形もあるんです。」
「え、まさかやったこと」
「ないないっ!あるわけないじゃないですかっ!
そういう人もいる、って聞いたことあるだけです!チョコは美味しく食べたいじゃないですかっ!」

手を顔の前で振り、彼女は笑って言った。

「重たい話になっちゃいましたね…。
最初にも言った通り、重たいどろっとした愛もあればサッパリした愛もあるんです。
沢山のカップルを見てるとそういうのわかってくると思いますよ。」
「そんなに周りにいる人を見ないから。」
「じゃーあ、私だけ、見てください。」

彼女はまた顔を近づけて、私の目をじっと見てくる。
そして、ゆっくりと下から私の頬へ彼女の手のひらがぴたりとくっつく。

「なに、」

動揺して目を泳がせる。彼女の目を見れない。

「せんぱい?目、そらさないで」
「いや、無理…、しかもこんな公共の場所で」

彼女の手がぱっと離れる。

「たしかにそうですね!TPO!考えないとですねっ!」

止まっていた呼吸が、一気に動き出す。

「はぁ……」
「あははっ 先輩こういうの慣れてなさすぎですっ」

とても楽しそうに彼女は笑う。

「先輩を揶揄わないの。」
「だって、先輩きれいなんだもん。」
「そんな事ないでしょ?」
「そんなことありますよっ!私、先輩より綺麗な人知りません!」
「はいはい。ありがとう。」

「ほんとなのにぃ〜!」
彼女の声の少し不服そうな声に、「ふふっ」と笑いが零れた。
彼女のいつもの明るい声が、また耳に入る。

「先輩は綺麗なんです!わかってくれましたか?」
「わかったわかった。
小達上手な後輩には、チョコを贈ってあげましょう。」
「わー!ほんとですか?!嬉しいですっ!
でも!おだてじゃないです!!」
「ふふ」

私達は、近くにあったチョコレート専門店に足を運んだ。
外からでも中の輝かしさと、誰かに送るのだろうか、それとも自分へのご褒美だろうか。どちらにせよ心を弾ませている人達がショーケースを眺めているのが、とても眩しくて、そして、私までもがそのおこぼれを貰っているかのように心が弾むのを感じる。
隣を見ると、目をキラキラと輝かせてる彼女が瞳に映って。

「せんぱい!せんぱーい!これが良いです!このハート型のピンクの包装紙のやつ!」

彼女は初めから目を奪われていたのか、興奮気味にそのショーケースまで行き、片手を上に挙げて手を振りながら私に声を掛けた。
私は彼女の隣に立ち、彼女が指していたチョコに視線を落とした。

「可愛い。佐栁に似合いそうね。」
「そうですか〜?えへへ嬉しいです!」
「ミルクチョコなのね。甘そう。」
「先輩は甘いもの苦手ですか?」
「んー…そんな事はないと思うけど、めっきり食べなくなっちゃったから。」
「このチョコ、ビターなチョコも入ってるらしいですよ!そっちは、月の形みたいです!」
「じゃあ私はそっちを買おうかな。」
「先輩もチョコ欲しくなったんですか?」
「佐栁の顔見てたら、ついね。」
「なんですか?それ〜」

佐栁が笑う。
彼女が笑う度、星がキラキラと散りばめられている様だなと感じる。

「先輩、このチョコ半分こしませんか?」
「え?」
「先輩と一緒に食べるチョコ、さいっこーに!おいしそうだなぁって思ったんです!」
「でも、」
「それに、また来る時、私も誘ってください…!このお店美味しそうなの沢山あって、今回はこのチョコをいただいちゃいますけど、次は他のチョコを食べたいので!」
「わかった。」
「じゃあ先輩、これ、早速買っちゃいましょう!」

彼女はそのチョコを持って会計へ急ぐ。
「はいはい」と言いながら私も会計へ。

『ありがとうございましたー!』

店内の輝かしい雰囲気とはまた違った夜のイルミネーションのような雰囲気に戻ってきた。

「近くに公園があるんですっ!
そこのベンチに座って食べませんか?」

彼女のその一言で、私は彼女に案内されて、
公園のベンチに座り、彼女も私の隣に座って袋からさっき買ったチョコを取り出した。

「せんぱいっ、チョコ交換しませんか?」
「え、いいけど。甘いの食べたかったんじゃないの?」
「実はわたし、ビターもいけちゃうんですっ!」

えへへと笑う彼女は、本当に星みたいだった。

「佐栁が食べたいの食べて良いよ。」
「やったぁ!じゃあ私は、月、食べますねっ!」
「じゃあ私はハートね。……ハートかぁ。」
「え、やっぱり交換します?!甘いの苦手そうだったら、ビター食べてください…!やっぱりチョコは美味しく食べるのが一番なので!」

慌てる彼女に私はこう言った。
「そうじゃなくてね?ハートって私には似合わないなぁと思って。客観的に自分の事見てしまっただけなの。」

「そんなことないのに。」
「やっぱりこういうのは、佐栁みたいな可愛い子の方が絵になるなぁって。あはは。」

私にはもっていないものだから、少しだけ羨ましい。だから、この笑い方だって佐栁みたいに輝いていないのがわかる。
この歳でそんな事考えたって、意味ない事だってわかってるのに。

「先輩。ハート、食べてみてください。
きっと甘くて美味しいですよっ 幸せの味ですっ!」
「うん。頂くね。」
「はいっ!」

小さなハートを口に入れる。
じんわりと熱で溶け、味が伝わる。
甘くて、あまくて、包まれる様だった。

「どうですか?」
「あまい。」
「にがて、でしたか…?」
「美味しいよ。」
「よかったぁぁ……!」

全部の息を言葉に詰め込んだかの様に、
彼女は言葉を吐き出した。

「佐栁のは?どう?美味しい?」
「あっ!先輩に見惚れて、食べてませんでしたっ!いただきます!」

彼女も月型のチョコレートを口に入れて頬張った。

「ん〜〜〜!!!」

その声から美味しさが伝わってくる。
目をギュッと瞑って、味わっている。

「ふふ、そんなに美味しいんだ?」
腿に肘をついて彼女の方を見る。
「はいっ!!」
「また買おうかな。今度はそのビターチョコ目当てで。」
「ぁっ……んふふ。」


「せーんぱいっ。」

「ん?」

・・・・・・


「…っ、!」

「えへへ。おすそわけです。」


触れ合った唇から、滑らかに入ってきた彼女の舌から。さっき食べた味とは違う、ほろ苦い味が広がった。

「…っあま。」
「えーーっうっそだぁ!それはうそですよっ!だって私が食べたチョコ、ちゃんとビターチョコでしたもん!」
「そういう事じゃない。」

彼女の額にデコピンをする。

「っいったぁ…。先輩、デコピン今日二回目ですっ!!」
「うっさい…。こっち見んなばか。」
「えぇ〜嫌です。」

「先輩?」
「なに…。」
「こっち、みて」

彼女と反対方向を見て、上半身を倒して腕で隠していた顔を少し上げる。

すると、彼女、佐栁が
ベンチから降りて、私の顔を上げた先で
しゃがんで私を見ていた。


「甘かったですか?」
「……あまかった。」

「ふふ、嬉しいです。」
「何がうれしいの。」
「先輩が、私と目を合わせてくれたこと。」

即顔を伏せて腕で隠した。

「あはは 先輩なにそれ。かぁわいい。」


「わたしね?先輩。
私、ビターもミルクもどっちも好きなんです。
そして、私の愛ってとっても甘いんです。」


知ってる。
さっき分かった。


「先輩。今日は月が綺麗ですよ。」


「……」


「先輩。顔あげて?一緒に見ましょう?」


ゆっくりと顔を上げ、月を見上げる。


「ね?綺麗でしょう?」
「……そうね。今が夜で良かったわ。」

火照った顔を貴女に見られなくて済むから。


「ねえせんぱい。
なんだか少しだけ肌寒いですね。」

彼女のにひっと笑う顔が
心臓に悪い。
小悪魔系と呼ばれる女の子が居ると
噂では聞いていたけれど、
きっと佐栁みたいな子の事を言うんだろうな。



「手、繋いであげるから手貸して。」

「えへへ はーい!」

嬉しそうに笑う彼女は
夜でも眩しくて。
なんだか、少しだけ。
佐栁の顔が赤くなっているような。
そんな気がした。



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memoのひとりごと。
久し振りの作品です。
いつも通りぱっと思いついたのを即興で書かせて頂きました。なので後々訂正が入ったりするかもしれません。
皆さんの愛はどんな味をしていますか?


素敵な画像をお借り致しました☽⋰
画像:まっちゃん 様

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