擬態と救済
時折、無性にギャルになりたくなることがある。
私はこう見えて(見た事無い人の方が多いと思うが)、もの凄く気が小さく、必要以上にセンシティブな、所謂
"気にしい" 関西弁 / 形容詞 / 心配性、神経質の意
である。
そんな私なので、些細な事でも入りどころが悪ければ、数日間に亘る小落ち込みが続く。
もう大人なのだから、と自分で自分の機嫌をとろうとするのだが、卑屈+天邪鬼の効果も併発していたりもするので、本当に面倒くさい。
そんな時、私はギャルになりたい。
別に良くね?といいつ黒澱粉丸を啜りたい
あんまわかんね~ってかこれ超盛れてるくね?と言って加工した自撮りを黄門さまの印篭の如く誇示したい
決して馬鹿にしている訳ではない。
彼女たちに感じるのは強さだ。
しなやかな竹の様な折れない強さ。
猫のようにどのような環境でも逞しく愛され生きていく強さ。
心の中のギャルが
「ふ~ん、けど悩んでも仕方がなくね?」
と、私に抱え過ぎた肩の荷をおろすように促してくれる。
せめて せめて
生まれ変わることが出来るのなら
いいえ お父さんは もう
人間にはなりたくありません。
人間なんて嫌だ。
牛か馬のほうが良い。
いや、牛か馬なら
また人間に酷い目に遭わされる。
いっそのこと 誰も知らない
遠い 遠い 田舎のギャル・・・・
そうだ、ギャルが良い。
遠い田舎のギャルだったら
戦争もない、
兵隊に取られることもない。
どうしても
生まれ変わらなければならないのだとしたら
私は
ギャルになりたい。
けれど...
彼女たちもこっそりと泣いたりしているのだろうか。
ウケていないのに、「ウケる―」と言ってやり過ごしたりする事も、
無理してパンケーキを食べる事も、自撮りを見返して自虐的な気持ちになったり、EDMよりジブリのサントラを聞きたい気持ちになったり、あげみざわぶりながら、つらみ三十郎な時もあるのだろうか。
そんな時もあるだろう。
人間だもの。
そんな時こそ今度は私が「別に良くね?」とタピを差し出してやろう。
涙を拭いながらギャルは問う
「おじさん...誰?」
おじさん?
おじさんはね、ギャルだよ。
私は笑う
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