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「Prisoner Of Love 」の歌詞

宇多田ヒカル、2008年。作詞も宇多田ヒカル。


 木槌が落ちる、処刑台のギロチンが落ちる、断罪の音がするイントロ。

 歌詞をもとに筆者の個人的な印象を書いた文章です。

 「平気な顔で嘘をついて」、心と分離した顔で生きることに「嫌気」がさした。「楽ばかりしようとしていた」。嫌気はさしていたけれど、そのほうが楽だった。そして「安らぎ」がないと感じている。その欠落のために「愛の影を追っている」。愛のような何かを求めていることを自覚している。

 以降も、ひとりの人物「私」の視点で描かれた歌詞として考える。ここまではその人物の前提。

 サビで変化が起きる。「あなた」が現れて、「退屈な毎日が急に輝き出した」。「孤独でも辛くても平気だと思えた」。楔のように重かったビートは、ここで世界が変わる胎動に聞こえる。

 2番からは「あなた」について述べる。「病める時も健やかなる時も 嵐の日も晴れの日も共に歩もう」。いっしょに居よう、を、結婚式の口上のように芝居めかして言ってみせる。

 「I'm gonna tell you the truth」と甘美な響き。真実をあなたに伝えよう。私が人知れず流す血を。人に理解されることのない自分の痛みを打ち明ける喜びと、それをこの人だけがわかってくれるという心地よい考え。

 2番サビ。「強がりや欲張り」は、「あなた」に愛されてから不要となったという。「あなたに愛されたあの日から」という言い回しは艶っぽい。ところでこの曲には、「あなた」から「私」への働きかけを示す部分は前段の「私を応援してくれる」と、ここの「あなたに愛された」しかない。「私」にとっては世界を変える存在である「あなた」は、果たしてどれほど「私」へ熱量を向けているだろう?「愛された」というのはもしかしたら、微笑みかけられたとか、取るに足らない優しさをかけられたとか、それだけなのかもしれない。ささいな出来事が身体の組成を変えたとしたら、より鮮烈だ。

 続く「一人じゃ虚しいわ」は、前提であった過去の状態を『あの頃は虚しかった』と回顧しているのか。あるいは「あなたが現れた」「あなたに愛された」後の今も虚しいと言うのか。それは直前の「自由でもヨユウでも」の解釈による。「強がりや欲張り」して保っていた過去=「自由」「ヨユウ」ともとれるし、「強がりや欲張り」が不要になった今の状態=「自由」「ヨユウ」とも考えられる。筆者には後者の気がしてならない。「あなた」に会った後「孤独でも辛くても平気と思えた」(1番サビ)とあるからだ。「あなた」のおかげで生きるのが楽しくなった、ではなく、辛いけどそれに耐えられるようになった、にすぎない。「あなた」に会った後も「孤独」で「辛い」状態は変わらないのだから、「私」は今も「一人」なのだ。

 「もう少しだよ」「見捨てない絶対に」。命綱でつながれたような、ぎりぎりの生を思わせる言い回し。相手への投げかけのようで、内実は自らへの鼓舞に聞こえる。崖の淵に立っているのは「私」の方のようだから。

 「残酷な現実が二人を引き裂けばより一層強く惹かれ合う」「いくらでもいくらでも頑張れる気がした」。「残酷な現実」「引き裂く」という悲劇的な台詞。思う人の隣には居られない。それだからより慕わしい。思いは募るから、なおさら力を与えてくれる。舞台の中央にいるヒロインのような「私」。

 「Stay with me」から始まる部分。そばにいて。愛してると言って。そばにいて。あなたをひとりにさせない。あなたへの懇願が出てくるのはここだけだ。それまでの「世界が輝きだした」「孤独でも平気と思えた」とは毛色が異なる。懇願の中には「ひとりにさせない」という逆のベクトルが入り混じる。

 「I’m just a prisoner of love」 と冒頭から繰り返されてきた。サビでは「あなた」のおかげで世界が輝いたと歌うのに、終始血が流れているような痛みがあるのはそのせいだ。甘やかな感情をなぞりながらも、愛に囚われていると自認しているのは皮肉だ。

 この存在があるなら、生きていけると思えること。この曲でフォーカスされたのは、その苦しさについて。慕わしいのに、生きていけると思うのに、同時にその感情に囚われて苦しい。
 そして罪について。輝いた世界は、それで完結するわけじゃない。そばにいてほしい。愛して欲しい。わたしがあなたにとっての何かになりたい。そう思わずにいられない罪。

 覆い隠された、最後の “tell me that you …” に続く言葉は何だっただろう。

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