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第7回 アメリカの保守化(1920年代)


はじめに  豊かな社会が見失ったもの

 1914年7月28日から1918年11月11日まで約4年3カ月続いた第一次世界大戦で、ヨーロッパは焼け野原になった。直接、戦禍にさらされなかったアメリカは、債務国から世界最大の債権国となり、イギリスに代わって世界経済の中心となった。1920年代のアメリカは繁栄を極め、「黄金の20年代」と呼ばれる。1920年代のアメリカ社会は、豊かになった反面、白人中心の伝統的な価値観が強まり、保守的で差別的な風潮が生まれた。この時代に世界恐慌第二次世界大戦への悲劇が準備される。この良き時代に、転落への序曲は始まっていた。

 「いいは悪いで悪いはいい」とはシェークスピアの『マクベス』に出てくるセリフ。人生には良いこともあれば、それが原因で暗転することもある。人は富や名声など大きなものを得ると、心に余計な贅肉がついて、大切なものを見失なってしまう。それは国家も同じこと。ワスプ(WASP)と呼ばれるプロテスタントのイギリス系白人がアメリカ社会の支配層として君臨し、移民や黒人、労働者を軽んじるようになる。拝金主義が横行し、社会的弱者は虐げられていった。

【キーワード① WASP(ワスプ)】
White Anglo-Saxon Protestantの略。プロテスタントのイギリス系白人白人中産階級でアメリカ社会の支配層。同じ白人でもカトリックアイルランド系イタリア系移民は差別された。また、黒人アジア系移民は人種差別の対象となった。


 差別は戦争を準備する。1920年代のカリフォルニアでは日系移民は「ミソスープ臭い」などと人種的偏見から差別された。1924年移民法では、東欧・南欧からの移民(新移民)が制限され、日本人を含むアジア系移民は全面禁止となった。日本では1924年の移民法を特に排日移民法と呼ぶ。黒人を人種差別し、迫害する白人の秘密結社クー=クラックス=クラン(KKK)が復活し、勢力を拡大した。

【キーワード② クー=クラックス=クラン(KKK)】
南北戦争後も南部を中心に黒人に対する差別意識は強く残った。1866年、テネシー州で旧南軍兵士により白人優越主義の秘密結社クー=クラックス=クラン(KKK)が結成され、黒人は暴力的な迫害を受けた。1920年代に復活し、白人至上主義を唱えて大きな勢力となり、反ユダヤなど排外主義的な主張も行った。


<確認問題>
⑴ アメリカ北部の都市に住む白人中産階級の人々はなんと呼ばれているか。アルファベットの大文字4字を記しなさい。(慶応)

⑵ アメリカ合衆国では、南北戦争の結果、黒人奴隷制が廃止されると、南部諸州を中心に白人優越主義を掲げる秘密結社が組織され、黒人に暴力的な迫害を加えた。この秘密結社の名称を記しなさい。(東大)

<解答> ⑴WASP  ⑵クー=クラックス=クラン(KKK)

 今年の東大入試では、1920年代のアメリカ社会が保守化し、マイノリティーに対して差別的になったことを出題した。

2020年 東京大学 世界史 第2問 問3
第一次世界大戦後、1920年代のアメリカ合衆国では、移民や黒人に対する排斥運動が活発化した。これらの運動やそれに関わる政策の概要を3行(90字)以内で記しなさい。

<解き方>
1920年代のアメリカで、移民や黒人に対する排斥運動、それに関わる政策が問われている。
ワスプ中心の伝統的な白人社会の価値観が強まる
1924年の移民法で東欧・南欧からの移民が制限され、アジア系移民が全面禁止
③黒人差別の秘密結社クー=クラックス=クラン(KKK)の活動が活発化

が答案の骨格となる。

<解答例>
ワスプ中心の伝統的な白人社会の価値観が強まり、1924年の移民法ではアジア系移民が全面的に禁止され、東欧・南欧系の移民も制限された。黒人を迫害する秘密結社KKKの活動も活発化した。

 

 どうして東大は、1920年代のアメリカの保守化について出題したのだろう。1920年代、「永遠の繁栄」と言われた好景気のバブルは10年ではじけ、1929年世界恐慌が始まる。世界中に失業者があふれ、各国でナショナリズムが高まり、10年後の1939年には第二次世界大戦が始まった。今年初め、ニューヨークダウは最高値を更新し続けていた。しかし、新型コロナウイルスによる世界経済への打撃は、100年前の世界恐慌のとき以上に深刻になるかもしれない。すでにアメリカ社会は保守化している。人種差別的、排外主義的な発言で注目を集めるトランプが大統領となり、イスラーム系移民の入国を拒否したり、メキシコとの国境に壁を築こうとしたり、白人優位思想の人々の熱狂的な支持を取りつけている。現在のアメリカは、世界恐慌前の1920年代と似ている。とても不吉な兆候ではないだろうか。


目次
はじめに 豊かな社会が見失ったもの

⑴3代にわたる共和党政権
⑵大量生産・大量消費社会の形成
⑶移民や黒人への差別と左翼弾圧
⑷国際連盟への不参加
特集 女性参政権の拡大

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