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第8回 ヴェルサイユ体制とワシントン体制


 第一次世界大戦が終わった1918年11月11日、イギリスの首相ロイド=ジョージは言った。「この運命的な朝がすべての戦争の終わりとなることを希望する」。しかし実際には、わずか20年後に世界はさらに大きな戦争に突入する。人類は第一次世界大戦の戦後処理に失敗したのだ。

 第一次世界大戦と第二次世界大戦の間を「戦間期」という。第一次世界大戦が終結した1918年11月11日から第二次世界大戦が勃発する1939年9月1日までの約20年間の戦間期は、人類の運命の歯車が大きく狂っていく重要な場面。大きな過ちから大きな教訓が得られるとするなら、歴史を学ぶ上で最も重要な20年間だと言える。第一次世界大戦後に成立した世界の枠組みは、パリ講和会議で決定したヨーロッパの国際秩序ヴェルサイユ体制ワシントン会議で決定したアジア・太平洋地域の国際秩序ワシントン体制と呼ぶ。敗戦国ドイツへの報復と社会主義国ソ連を孤立化させるヴェルサイユ体制。中国進出する日本を孤立化させるワシントン体制。ヴェルサイユ体制とワシントン体制の矛盾が第二次世界大戦を引き起こした

 私は毎年、代ゼミの夏期講習のオリジナル『現代史』の講座で二つの世界大戦に至る国際関係を扱い、この「ヴェルサイユ体制とワシントン体制」も講義してきた。受講生には東大・京大・一橋志望の真面目な受験生がたくさんいる。2012年あたりから、二学期が始まると、私が指示したわけでもないのに、各校舎で複数の生徒たちが同じ世界史の論述問題を解いてきて、私に添削を求めるようになった。それが2011年の京大第3問世界史の論述問題の練習を始めるのにちょうどいい良問。その後、夏期講習の私のテキストにもこの問題を掲載することにした。本当にいい生徒たちに恵まれてきたと思う。今回の講義では、この京大の問題も満点がとれるように説明してある。高校生は解答例を見る前に、ぜひ自分の手で原稿用紙に答案を書いてほしい。いまは時間を気にせずに。でも、参考書を見ながらでは練習にならない。まずはこの講義をしっかり読み、次に教科書や用語集で判らないところを調べ、なにも見ずに自力で京大の答案を作成してみよう。いまのあなたの成績は関係ない。そこが世界史という科目の素敵なところ。ここで根拠のある自信を手に入れて、学習の習慣を身につけ、志望校に向けて全力で走り始めてほしい。この京大の問題では細かな知識は問われていない。むしろ書くべきことが多くて300字では字数が足りないと感じるはず。なにを捨てて、なにを残すか。問題文も「ともいわれる。しかし実際には」と含蓄があって面白い。社会人の方も、京大の問題はなんて良くできているのだろうと感心するはず。1920年代にアメリカが形成した国際秩序が崩壊して、第二次世界大戦が勃発する。まるでこの時代のアメリカが大きな悲劇を準備していたかのように。


2011年 京都大学 第3問
アメリカ合衆国は、第一次世界大戦後のパリ講和会議で主導的な役割を演じながら、国際連盟に参加せず、再び政治的孤立主義に回帰したともいわれる。しかし実際には、アメリカは1920年代の政治的・経済的な国際秩序の形成に重要な役割を果たした。アメリカが関与することによってどのような政治的・経済的な国際秩序が形成されたのか。1921年から1930年までの時期を対象に、具体的な国際的取り決めに触れながら、300字以内で説明せよ。


目次

⑴パリ講和会議
⑵ヨーロッパの国際協調
⑶敗戦国ドイツの歩み
⑷ワシントン体制
【大学入試問題】

演習 京大の論述問題にチャレンジ
おわりに シュトレーゼマンとヒトラー
【関連年表 第一次世界大戦後の国際関係】


⑴パリ講和会議

 まずは第一次世界大戦後のヨーロッパの枠組みであるヴェルサイユ体制の大まかなイメージをつかもう。敗戦国ドイツへの厳しい報復と社会主義国家ソ連の孤立化が本質。ドイツ・ソ連いじめの枠組み、それがヴェルサイユ体制だ。敗戦国ドイツを弱体化させるため、いかに過酷な要求が突きつけられたか。ドイツの講和条約であるヴェルサイユ条約の内容を確認しよう。

【重要ポイント⑴ ヴェルサイユ条約(1919年6月)】
ドイツのすべての海外植民地の放棄
ザール地方は国際連盟の管理下におき、15年後に住民投票で帰属を決める
ダンツィヒ(現在のグダニスク)は国際連盟の管理下におき、自由都市とする
アルザス・ロレーヌのフランスへの返還
ポーランド回廊のポーランドへの編入
オーストリアとの合併禁止
ラインラントの非武装化
ドイツの軍備制限(徴兵制禁止、陸軍10万人以下、潜水艦と空軍の禁止)
巨額の賠償金支払い→1921年に1320億金マルクと決定
国際連盟の設立


 ヴェルサイユ条約で特に重要なのは、ドイツがすべての海外植民地を失い、⑵アルザス・ロレーヌをフランスに返還し、⑶ラインラントの非武装化、⑷軍備制限(徴兵制禁止、陸軍10万人以下、潜水艦と空軍の禁止)、⑸巨額の賠償金支払いを課せられたこと。まずはこの5項目を覚えておこう。あと、ヴェルサイユ条約には国際連盟の設立の条項が含まれていたので、アメリカはヴェルサイユ条約を批准せず、別個にドイツと講和条約を結んだ。上院の共和党の反対でアメリカが国際連盟に参加しなかったからだ。

 民族自決の原則がヨーロッパに限定適用されて東欧8カ国が独立した。ちょうど社会主義国家ソヴィエト=ロシア(1922年にソ連が成立)を取り囲むようにして存在している。東欧8カ国の独立は、社会主義革命がヨーロッパで拡大することを阻止するねらいがあった。東欧8カ国は北から順にフィンランド・エストニア・ラトビア・リトアニア・ポーランド・チェコスロヴァキア・ハンガリー・ユーゴスラビアセルブ=クロアート=スロヴェーン王国が1929年に改称)。

 このうちフィンランドとバルト3国(エストニア・ラトビア・リトアニア)旧ロシア帝国領から独立。ポーランド旧ロシア帝国領とドイツ領の一部を合わせて独立。チェコスロヴァキア・ハンガリー・ユーゴスラビア旧オーストリア=ハンガリー帝国から独立した。

【重要ポイント⑵ 東欧8カ国の独立】
東欧8カ国は北から順にフィンランド・エストニア・ラトビア・リトアニア・ポーランド・チェコスロヴァキア・ハンガリー・ユーゴスラビア
①旧ロシア帝国・ドイツ帝国・オーストリア=ハンガリー帝国が解体された
②民族自決の原則がヨーロッパに限定適用された
③社会主義の拡大を阻止する防波堤の役割があった

 1919年1月、第一次世界大戦の戦後処理のためにパリ講和会議が開かれた。会議を主導したのは戦勝国のアメリカのウィルソン大統領・イギリスのロイド=ジョージ首相・フランスのクレマンソー首相。敗戦国のドイツは出席できず、社会主義国のソヴィエト=ロシアは招かれなかった。


【重要ポイント⑶ パリ講和会議(1919年1月)】
①アメリカのウィルソン大統領  →十四カ条を発表した理想主義者
②イギリスのロイド=ジョージ首相→アジア・アフリカに民族自決は適用しない 
③フランスのクレマンソー首相  →ドイツへのきびしい制裁

【重要ポイント⑷ 第一次世界大戦の講和条約】
①オーストリア サン=ジェルマン条約(1919年)
②ハンガリー  トリアノン条約(1920年)
③ブルガリア  ヌイイ条約(1919年)
④オスマン帝国 セーヴル条約(1920年)

 ウィルソンの十四カ条のうち第14条の国際平和機構の設立は、1920年国際連盟が設立されることで実現した。しかし、提唱国のアメリカは不参加だった。

【重要ポイント⑸ 国際連盟の問題点】
①提唱国のアメリカが不参加 ☆上院の共和党が反対
②ドイツとソヴィエト=ロシア(ソ連)が当初は排除された
総会は全会一致が原則で、経済制裁しか侵略国家への制裁手段がなかった
【練習 「アメリカの国際連盟不参加」に関する正誤問題】
⑴ウィルソン大統領のいわゆる十四カ条に基づいて国際連盟が発足したが、合衆国の加盟は下院で否決され、実現しなかった。(早大国際教養)
<答え> 誤 アメリカの条約批准権、すなわち外交権下院ではなく上院にある。

⑵アメリカが国際連盟に参加しなかったのは、民主党が多数を握る上院が反対したためだった。(早大政経)
<答え> 誤 国際連盟参加に反対したのは、孤立主義を掲げる保守的な共和党

⑶国際連盟の設立がヴェルサイユ条約の中に含まれていたため、アメリカはこの条約を批准せず、ドイツと別個に講和条約を結んだ。(早大政経)
<答え> 正 アメリカはヴェルサイユ条約を批准しなかった
【キーワード① 国際連盟】
1920年に発足した史上初の国際平和機構。本部はスイスのジュネーヴ。常任理事国はイギリス・フランス・イタリア・日本1926年ドイツが加わる。1日8時間労働制を定めた国際労働機関(ILO)常設国際司法裁判所が付置された。提唱国アメリカは上院の反対で参加せずドイツとソヴィエト=ロシアは除外された。 
【キーワード② 委任統治】
第一次世界大戦後、敗戦国ドイツの旧植民地オスマン帝国領の一部は戦勝国の間で分配された。その名目として国際連盟の下で創設された仕組み委任統治。しかし、実質的には植民地の再分割だった。アジア・アフリカには民族自決が適用されなかった
<確認問題>
① 第一次世界大戦後、民族自決の原則に基づいて独立が認められた旧ロシア帝国領の国を次のア〜エから一つ選びなさい。
ア ブルガリア  イ チェコスロヴァキア  ウ アゼルバイジャン  エ エストニア(早稲田)

② 1919年のパリ講和会議では、ドイツやソヴィエト=ロシアは招かれず、フランスの【 】首相らの主導でヴェルサイユ条約が締結された。(慶応)

③ ハンガリーがオーストリアから完全に分離して連合国と結んだ条約は何か。(早稲田)

<解答> ①エ  ②クレマンソー  ③トリアノン条約

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第8回 ヴェルサイユ体制とワシントン体制

諸岡浩太郎

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1974年1月27日小倉生まれ、大分育ち。慶應義塾大学法学部卒業。元代々木ゼミナール世界史講師。福島原発事故と沖縄基地問題に関心があります。ヴァンナチュール(自然派ワイン)とラーメンが好き。時事問題、国際情勢、各国の郷土料理に興味のある方はぜひ。世界史の講義を中心に書いています。