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第4回 パレスチナ問題の起源

 大学入試の世界史で「パレスチナ問題」は最頻出テーマのひとつです。パレスチナは西アジアの地中海東岸。なぜ現代の日本で、この中東の紛争が繰り返し出題されているのでしょう。一般的にはアラブ人とユダヤ人の宗教対立は1000年以上続いていて、解決は困難だと思われているかもしれません。しかし、かつてオスマン帝国がパレスチナを支配していたとき、アラブ人とユダヤ人は平和的に共存していました。現在のような深刻な対立は、約100年前の不誠実なイギリス外交に原因があります。かつての覇権国家イギリスは、第一次世界大戦のとき、どのような罪深い外交を展開したのでしょう。なぜ戦争が起こるのか。本質的な原因が見えてくるはずです。


目次
⑴ドレフュス事件とシオニズム
⑵第一次世界大戦中のイギリス外交
⑶イギリスの委任統治
⑷イスラエル建国とパレスチナ難民
⑸覇権国家と戦争
おわりに サイードの知性と批判精神
【関連年表 パレスチナ問題の起源】


⑴ドレフュス事件とシオニズム

<ポイント フランスのユダヤ人差別事件>
①1894年 ドレフュス事件→フランスの軍部がユダヤ人を差別
②フランスの作家ゾラが「私は弾劾する」と軍部を批判
③ヘルツルがシオニズム運動を提唱→パレスチナにユダヤ人国家を建国する思想

 まず、19世紀末以降、ユダヤ人がパレスチナへ移住するようになった経緯から説明していきましょう。1894年、フランスで反ユダヤ主義を象徴する事件が起こりました。ドレフュス事件です。フランスのユダヤ系軍人ドレフュス大尉がドイツのスパイ容疑で逮捕され、終身刑の判決を受けました。その後、真犯人が判明したにもかかわらず、ユダヤ人に対して差別的な軍部はこれを無視したため、フランスの自然主義作家ゾラが「私は弾劾する」と軍部を非難し、冤罪キャンペーンを展開しました。最終的にドレフュスは再審で無罪となり、ユダヤ人差別を行った軍部は信用を失いました。このドレフュス事件で明確になった反ユダヤ主義に衝撃を受けたユダヤ人ジャーナリストのヘルツルは、1897年、スイスのバーゼルで開かれた第1回シオニスト会議で、ユダヤ人国家をパレスチナに建てようとするシオニズム運動を提唱しました。これを契機にヨーロッパからパレスチナへのユダヤ人の移住が始まり、のちにイスラエルが建国されることになりました。


【確認問題】
①19世紀末のフランスでは反ユダヤ主義や排外主義の風潮が高まり、ユダヤ系のドレフュス大尉がドイツのスパイ容疑で終身刑を宣告された。これに対して彼の無実を主張した自然主義作家の名前を記しなさい。(東大)

②ドレフュス事件をきっかけに、パレスチナにユダヤ人国家を建設しようとする主張を始めたユダヤ人ジャーナリストは誰か。(慶應)

③イスラエルは、19世紀末頃からヨーロッパのユダヤ教徒たちの間で台頭してきた、祖先の地に自分たちの国をつくろうという思想にもとづいて建国された。この思想を一般に何というか。(早稲田)

<答え> ①ゾラ  ②ヘルツル  ③シオニズム


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第4回 パレスチナ問題の起源

諸岡浩太郎

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大分上野丘高校、宮崎大宮高校を経て、慶應義塾大学法学部卒業。元代々木ゼミナール世界史講師。福島原発事故と沖縄基地問題に関心があります。ヴァンナチュール(自然派ワイン)とラーメンが好き。時事問題、国際情勢、各国の郷土料理に興味のある方はぜひ。世界史の講義を中心に書いていきます。