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いくつかの門とその先の事象について

 古びた風が舞う十二番街の裏路地、枯草の絡まった鉄柵の間の階段で下層二区へと降りる。踊り場には古びた鉄扉が。扉を叩くと覗き穴が開き、銀貨一枚で買った合言葉がここで必要となった。

 鉄扉の先は古い石柱と丸いテーブルが並ぶ地下空間へとなっていた。噂の秘密酒場であるが客は数えるほどしかおらず、どのテーブルに酒も料理も置かれてい無い。ランタンが置かれ静かに燃えているだけの乾いた空気とそれを誤魔化すかのような香の匂い。

 左の胸ポケットから皺だらけの紙を出し再び目を通した。出入口から奥へ、八番目の石柱を右、壁沿いに進み十四番目テーブルを目指す。紙には付け足してこうも書かれていた。ランタンでできるテーブルの影はなるべく踏まないこと、と。たしかに丸い影は暗い地の底へと繋がっており何かが這い出て来そうな程に黒い。

 指定の場所で腰を下ろす。ふと真横を見ると若い男のウェイターいつの間にか立っていた。私は馬の様に跳ね上がった心臓をなだめてから金貨一枚をテーブルに置いた。
「一番、古いワインを」
ウェイターは頷き、足音を立てずに奥へと消えた。

 少しして風の音が聞こえ始める。しかし風は感じない。不思議なことにガラスに囲まれているはずのランタンの火は揺れている。火と一緒に風も閉じ込められているようだ。音は次第に大きく嵐のようにうねり、火の揺れも激しくなった。私はその様に目が離せなくなっていた。火がまるで体に煌びやかな装飾を纏う踊り子となって、いや、本当に踊り子がいるのだ。

 シャリリ、シャリンと装飾が鳴り、揺れる赤い髪の踊り子が手を叩くたびに火が一つづず消えていった。他の客の姿は見えない。灯りと共に消えたか、それか影の穴の中に本当に落ちてしまったのか。

「やってもらいたい事があるの」
踊り子はこちらを見ていた。燃え上がる瞳に私が映っている。今や残った火は目の前の一つだけとなり……気づいてしまった。私は彼女の。

つづく

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