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子どもに家のことをしてもらうことを悩んだ話(前編)

 今回は夫が単身赴任から戻った後に、子ども達に家事を手伝ってもらうことに関して改めて考え、悩んだことを書いていきます。

 イラストは「みんなのフォトギャラリー」から使わせていただいています。ありがとうございます。

 精一杯だった家事育児

 前回の記事でも書きましたが、近所に親など頼る人がいない状況で、未就園~小学校低学年だった子ども達をワンオペで育児していました。
 
 結婚するまでは派遣社員として22時帰宅1時寝、7時出勤の日々を母に支えてもらい、ほぼ家事をしてこなかったところから主婦になったので、毎日が必死すぎていました。
 
 初期の頃に書いたのですが、子ども達の協力は必要不可欠で、2人が自分のことを自分でする。兄弟で協力してくれたからこそ成しえたワンオペ育児でした。
 
 でも、夫が赴任先から自宅に戻ってくることになり、自分の子育てを振り返ると「私は子ども達に家のことをさせすぎなのではないか。」という気持ちになっていました。

 母として、妻としてあまり役立たない自分

 そもそも夫と結婚したのも、夫の生活を支えたいという気持ちがありました。当時は家事スキルがゼロに近いのにそう思っていました。
 
 結婚した当初に妊娠が発覚し、数か月の新婚生活の後に子育てに突入。2歳差の次男を出産した後も子育てに追われまくる日々でした。
 
 そんな中、夫が単身赴任になり、もともと子育てに追われて過ぎて夫のことを支えてない状態で離れての暮らしになりました。
 
 戻ってきてからは、夫を今まで以上に支えよう、同時に子ども達の負担も軽くしようと決意していました。

 進路を決める時期の私自身の経験

 私が子どもの時は、母が何でもやってくれるのが当たり前で、家事の手伝いをする場合は求められることが大きすぎてやる気が削がれ、家事をする事自体が嫌になっていました。
 
 それに、中学の時は母が本格的に働き始め、家事の一部を担っていたのでそれを理由にして提出物以外の勉強をあまりしていませんでした。
 
 事あるごとに父と母の間にはいって家族という形を保っていたのもこの時期でした。父と話そうとすると夜遅くまで起きていなければならなかったので、翌日眠くて仕方なかった部分もありました。

 言い訳かもしれませんが、自分のことを優先するということが中学卒業の時期まで無かったなと思います。

 何より日々心が疲れていました。
 
 当時神奈川の高校受験で大切だったアテストで苦手な数学でかなり低い点数を叩き出し、更にやる気が下がりました。
 
 母は私が大きくなってから「中学の時は母親は働かないほうがいい。」と言っていたのは私の経験を踏まえてのことだったのかもしれません。
 
 子どもは教育を受ける権利があります。
 
 義務教育期間の勉強が出来れば、それなりに進学、就職することが出来ます。
 
 私はアテストではコケましたが、日ごろの成績は平均並だったためか、先生が付属大学のある私立の専願を進めてくれて、大学まで行けました。

 高校受験の場合、大事なのは自己分析をした上で自分で進路を決めることです。

 そのために必要なのは自分のことだけを考える余裕があることだと私自身の経験では思っています。
 
 自分の中学の時の経緯もあり、夫が帰ってきてからは夫にも子どもにもなるべく頼らないで家事をやってみようと試みてみました。

 1人の家事は本当に無理だった

 結論から言うとすぐに音を上げました。
 
 私自身が片付いてないと落ち着かない性格なことや、料理が得意ではないのもあって全てがタイムオーバー気味になりました。
 
 それに、私が必死で子育てをしている間に世の中が様変わりをしていて、男性も家事をするのが当たり前で、誰が1人が家事をする家庭で育てて良い時代では無くなってきたと感じていました。
 
 次回に続きます。
 
 よろしくお願いします。

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