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1991年 SideB-10「ラブ・ストーリーは突然に/小田和正」

小田和正作詞・作曲・編曲

・「東京ラブストーリー」(フジテレビ系 1991/1/7~3/18)主題歌

 発売以来2週でミリオン、7週でダブルミリオンを記録したモンスターシングル。ドラマ主題歌を語る上で決して避けて通れないエポックメイクな一曲であり、ここから数年間、ドラマ主題歌からヒット曲が大量に生み出されていく。小田和正としてはオフコースを解散して初めての大きなヒット。当時はドラマタイアップということに思うところもあったようだが、結果的にこの曲が彼を“元・オフコース”という肩書きから解き放つことになる。

 そして改めて。当時の衝撃、解放感をどう伝えたらいいだろう。「東京ラブストーリー」は単なる人気ドラマではなかった。これより高い視聴率を取ったドラマはたくさんあるし、話題を集めブームを巻き起こしたドラマもいくつもあった。だが、これほどみんなが参加し、語り、登場人物に寄り添って喜んだり泣いたり怒ったりして、そして何年経っても自分の一部のように思い続ける、そんな“現象化する”番組はなかなかない。テレビ60年の歴史の中でも数本しかないといっていいだろう。「東京ラブストーリー」はそういう特別なドラマだった(たとえば「3年B組金八先生」や「あまちゃん」がそうだったように)。

 いままで紹介してきた同時期のほかのドラマと見比べてみれば、鈴木保奈美、織田裕二、有森也実、江口洋介というキャスティングが決して強いキャスティングではなかったということは感じてもらえるだろう。鈴木保奈美は連ドラ初主演だし、織田も江口も初めての月9。大多亮プロデューサーはまだ32歳。脚本の坂元裕二は「同・級・生」に続く2本目の連ドラ(「同・級・生」も「東京ラブストーリー」も柴門ふみの漫画が原作。このころはコミック原作のドラマは圧倒的に少数派だったことに留意されたい)。演出の永山耕三も初の連ドラチーフディレクター。みな一様に若い。そういうドラマがこれだけの成功を収めたのはおそらく偶然ではない。ここに感じられるある種の自由さにこそ、当時のフジテレビが支持された最大の理由があったのである。

(次回はボーナストラックです)


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