エア寿司と資本主義の終焉と温もりの交換について

北山くんという友人がいる。彼はもともと珈琲職人で、中国茶や紅茶などあらゆるお茶を淹れてくれるのがとっても上手。

北山くんの淹れるお茶はいつもハッとするほどおいしい。上質なワインとかウイスキーとかみたいに、ふわっと香って、心の奥の方から満たされる・・。人生でお茶の時間ってなんて素敵で大事なんだろう、、と小さな茶器からあがる湯気を見ながら思う。中国茶をどんどん淹れてくれる手つきも好きだ。

そんな北山くんと、お寿司屋さんごっこにハマってるんだよー、北山くんがお寿司屋さんしてくれるとかなり満足感あるの、と奥さんのあやこさんが言った。何それ、どゆこと?と思っていたそばから、他の友人が、

「ガラガラ、5人なんだけど入れる?大将、今日のおすすめは?」と言い、

もう気付いたらお寿司屋さんが始まっていた。私もこの茶番?にわくわく便乗。

大将のお任せの握りが、ぽんぽん良いリズムで目の前に出てくる。

はいよっと目の前に置いてくれたお寿司を、試しに口に入れてみる。

シャリがふわっと広がって、上品な白身、めっちゃくちゃおいしかった・・・・こんなおいしいお寿司を食べたの久しぶり。

そのあとも、中トロとかいろいろ、お任せを握ってもらって、瓶ビール、冷酒もあけちゃって、大満足の夜になった。大将途中奥の方にビールを取りに行った時、「おかあさーん!ビール一!」と言う声が聞こえた。奥さんと二人で切り盛りしている店なのかもしれない。奥さんは姿を見せず、戻ってきた大将が「グラスいくつ?はいよ!」と言って瓶ビールを置いてくれた。

友人が「この子らなら大将の仕事わかるかなと思って、連れてきたの。いや〜今日も最高でした。ごちそうさま!」と大将に言う。

私たちも大将にお礼を言う。カウンターの寿司屋、最高。本当に今日はおいしいお寿司をありがとうございました、と心震えた気持ちになった。

私は、当分寿司屋に行かなくてもあの体験を思い出すだけで満足した気持ちになれる。

そう、実際には食べてないのに・・!!そこが驚愕の事実。

けど、「事実」ってなんだろう?と思いません?

私はこのエア寿司体験によって、なんだか頭と心に革命が起きてしまった。

あんなにエア寿司で心もお腹も満たされたのは、大将の間合い。

間合いってなんて重要なことなんだろうか。間合い=センスだしタイミングと宇宙の真理。

寿司職人の才能とは、間合いなんでしょう。

そして、お寿司屋さんて、実際行くと高いのに、北山くんが大将のお寿司屋さんは、なんとお金がかかっていないのだ・・驚くべきことに。

「無料で心が満たされること」について本気で考え直す時が来た気がした。


今、ものすごく時代の変わり目の、大変な真っ只中に私達はいて、このエア寿司を食べた時とはまた状況も変わって家族以外の人に会うことすら困難な状況だけれど、

歩いて行ける場所、手を伸ばしたら届く温もり、お金を介さない価値の交換、について、みんな興味がより出てくる時代にこれからなるのかもしれない。

もちろん今大変な人たちや、援助が必要なところは、助け合っていくしかないし、感染拡大防止を第一としつつ収束後の実際の生活の方法をみんなで考えていくしかない。小さなお店や小さな映画館など大好きな場所は今後も残っていくことを切に願うけれど、今までと同じような資本主義の終焉はみんなもう予感していることだと思う。温もりの交換について、本気で思考する時が来たのかもしれない、家から出られないこの土日に、これからどう生きたいか自分にとって何が大切でどう生きるのが理想なのかを、思索したいと思う。エア寿司が食べられて本当に良かった。






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ベリーダンサーメレクです