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【詩】風との出逢い

私がカメラを持って森へ行くのは
心に棲みついた耐えがたい寂しさを
森の花達に投影させていたから

明るい小径と暗い小径があれば
私は迷わず暗い小径を選ぶ
太陽が照らす道は私には眩し過ぎた

行き着いた森の奥は薄暗く
人の気配はない
私にはこのくらいが丁度いい

出くわすのは動物たちだけで
鹿、野うさぎ、ワラビー、
笑カワセミ、コトドリに遭遇した

すぐに逃げ去ってしまうもの
遠くから私の様子をうかがっているもの
目の前に座って私の瞳を見つめてくるもの
私を見守るように後を追いかけてくるもの

私はいつでも森の一部になっていた

ユーカリと朝露が垂れる草の香りと
朝のもやのかかった木漏れ日は
現実から逃避できるに十分な世界へと
導いてくれた

そんなある冬の終わりの朝に
首を傾げたスノードロップを撮ろうとした
その時だった

「ねえ、花しか撮らないの?花は綺麗だから?」

誰かが声をかけてきた。

「え、誰?」

「僕のこと見えてもいないし
感じることさえできないんだ。」

「うん?」

「さっきから君と一緒にいるよ。」

周りを見渡しても誰もいない
目を瞑り私を囲む自然に身を委ねた

「あ、もしかして風…?」

「やっと気づいてくれたね。ずっと側にいたのに。」

「ごめんなさい。風は写真を撮る時にあまりいて欲しくないし。」

「まあ、普通そうだよね。」

「あ、さっきの質問だけど、私は小花を撮るのが好きで。
他にも枯れた花とか雑草とか落ち葉を撮るのも好きだけど。
薔薇のような大輪の美しい花は撮らないの。」

「ちょっと変わってるね。」

「ありのままの美しさを撮りたいだけ。
誰が見ても美しい花は誰が撮っても美しいわけだし。
私はそれより、誰も見向きもしない自然にこそ
ありのままの美しさがあると思うから。」

「ふーん、じゃあさ、僕を撮ってよ。僕のありのままの姿」

「は?でも、姿見えないし、他のものがみんなボケちゃうから…」

「でもさ、ありのままの姿に美があるんでしょ?
なんで、やる前から諦めてる?」

「う、うん…わかった、やってみる。」

スノードロップにレンズを向ける
絞りを開放にして
シャッタースピードを決める

ISOは125にしておこう
ピントを合わせていると
風が軽く舞いながら
スノードロップを揺らし始めた

私は写真を撮るときの感覚を頼りに
シャッターを切り続けた

カメラの小さなモニターで
撮影したスノードロップを見る

「ありのままの僕の姿はどう?」

「わ、凄い。スノードロップが息を吹き込まれたように
揺れていて...生きてるね、みんな。あ、それがあなたの姿なんだ。」

「わかってくれた?
ところでさ、これから君がこの森に来た時は、
いつも君の側にいていいかな?」

「私を寒くさせるつもり?」

「それはないよ。
君を包むのは暖かい風の時だけだから。」

「わかった。それなら私と一緒にいて。」

こうして私は風と一緒に写真を撮るようになり
森のおとぎ話を描いていくことになった。

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