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夏の余命は七日間 02

Before…

【四】

 四人が四人とも高級旅館であったり、リゾート地の絢爛なホテルを想像していたわけではなかった。少し涼しくなった頃に田舎でのんびりできる、まぁ歴史を少なからず感じるような、そんなところだろうと思っていた。だが流石にこれは歴史を感じるどころか、少し強い風が吹けば飛んで行ってしまいそうで、この旅館の最後を見送るのは我々ではなかろうか。
 外壁はひび割れ、木造の屋根はところどころ腐り落ちそうで、窓ガラスには割れ目こそ無いが曇り切って中が全く見えない。極めつけは入口の引き戸で、レールからは外れているしところどころ穴が開いているしでいつ倒れてもおかしくない。
 言葉を失っていた四人だったが、ようやく凛が口を開いた。
「……おばあちゃんちの庭の古い物置に似てる。」
 その一言で面々は我に返り、現状を整理することにした。まず恵が鞄から書類をいくつか取り出す。住所と旅館の名前を確認し、スマホを取り出して照らし合わせようとした時、次の異変が訪れた。
「やだ、ここ圏外。電波通じないじゃん。」
「マジかよ!うわ、俺のもだ。カーナビで確認するしか無いか。」
 友成が車のエンジンをかけてカーナビの履歴を開いた。そこには書類に記されている住所と同じ場所が一番上に残っている。すると突然、乗ってきた軽自動車も黙りこくってしまった。エンジンが止まり、友成が何度鍵を回してもセルが空回りする音すら立てず、完全に沈黙だ。恵が露骨に焦り出す。
「嘘ぉ!ここ来るまで駅からそこそこあったよ!歩いたらゆうに三十分はかかりそうだし、当日は駅からタクシー使うことも視野に入れてたのに……。電話も通じないしどうすればいいの!?」
 慌てふためく二人を尻目に、凛と真広は周囲を歩いて何か手掛かりを探し始めた。最初の手掛かりを見つけてきたのは真広だ。
「みんなちょっと来て、ここで間違いないみたいだよ!」
 真広を先頭に、友成・恵・凛の順番で隊列を組んで建物の脇から反対側へ歩き出した。
「うわ、蜘蛛の巣!最悪!」
 身長の高い友成の顔に、どうやら蜘蛛の巣がかかってしまったらしい。
「ほえぇ、ますますおばあちゃんとこ思い出すなぁ。知ってる?何もないはずの所で蜘蛛の巣にかかるのって幽霊に撫でられた感触らしいよ。」
 悪い笑みを浮かべて凛が冷やかす。
「やめろよ、ただでさえ不気味なのに……。俺は幽霊よりもぶっ壊れた車のことが不安だよ。親になんて言われるか考える方が今は怖い。」

 建物の反対側に回り込むと、さっきよりは幾分かましな光景が待っていた。ここは高台になっていて、下に続く階段がある。そして田舎の街並みと広大な緑が広がっている。建物の方に目をやると「思出荘」という看板が入口の上にかかっており、恵が持っている資料と名前が一致した。どうやら車で来た場所は旅館の裏口だったらしい。もっとも、古びて朽ち果てそうな建物であることに変わりはなかったが。
「やっぱりここで合ってるんだ。先輩たちは毎年こんなとこに泊まってたのね。あたしちょっと行ってくる。」
 入口のガラス細工が散りばめられた引き戸を開いて恵が中に入った。何度か呼び掛けていたが、人の影も気配も何もない。四人は仕方なく、階段を下って下の街に助けを求めることにした。
 長い長い階段を降りるとバス停がある。本数こそ非常に少ないが、最寄りの駅へと向かうバスだ。今までの先輩たちはどうやらバスを使ってここへ来ていたようだ。
「どうしよっか……。バスが来るまで何時間もあるよ。街はあるみたいだけど、上で見た限りかなり遠そうだし、車が直るかもう一回試してみようよ。」
 真広の提案に一同は賛成だ。
「下に降りてきても圏外のままだし、車が長距離運転で疲れただけかもしれないからな。あと煙草吸いてぇ。ただこの長い階段、また上るのか……。」
 女子二人には疲れが少し見える。だが気分が落ち込み始めている恵とは対照的に、凛は楽しそうだ。
「なんで凛ちゃんそんなはしゃいでられるの……?あたしたち遭難したかもしれないんだよ。」
「そうなんだー、なんちゃって。遭難なんて大袈裟だよ。せっかくの夏休みだし楽しく前向きに行こ。これはきっとミステリーツアーだ、みたいにね。うちの母方の実家がこんな感じの田舎でさ、懐かしいなーって思って。うちは体力無いから階段上るのは辛いけど、空気も美味しいし景色もいいんだから我慢できるよ。」

 凛の言葉で前向きになれた四人は何とか長い長い階段を上り切り、裏口の車に戻ってきた。加熱式煙草をセットしてエンジンをかけ直そうと友成が試みたが、やはり車はうんともすんとも言ってくれない。
「まぁ、分かってたけど。」
「せっかくだからここで待ってよう。きっとここの人出かけてるんだよ。そのうち戻ってくるって。バスもあるし、いざとなったら街まで歩いて行けばいいんだからさ。僕スマホ持ってないけど……。」
 真広の案以外に選択肢も無く、荷物を整理して不必要なものは車に積み込んだ。太陽もすっかり傾き、空はほんのりオレンジを帯び始める。
 表口に戻ると、旅館の入口前に人影が見えた。
「逢魔が時だね。」
 凛が放った一言で真広・友成・恵の三人は建物の陰にさっと戻ってしまった。「冗談だよぉ」と凛は笑うが、不気味な現象の連発ですっかり怯えてしまった三人だった。特に友成は蜘蛛の巣の話を思い出したのか変な汗が流れている。
「うち行ってくるよ。すみませーん、ここの旅館のひとですか?」
 そのおばあさんはれっきとしたこの世の人だった。四人に気付くとこちらへ歩み寄り、朗らかな笑顔で迎えてくれる。
「あらごめんなさい、若い学生さんがくるって言うもんだから買い出しに行ってたらすっかり話し込んじゃって。待たせちゃったかしらね、わしゃこの旅館の女将してるもんだよ。ようこそ”おもいでそう”へ。ゆっくりしていきなさいな。」

Next…


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