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夏の余命は七日間 01

【一】

 陽炎揺れる一本道を、一台の軽自動車が駆ける。
「あーあ、貴重な夏休みだってんに。何で仕事させられてんだよ。」
 ぼやくのはハンドルを握る友成。加熱式煙草を灰皿に押し込み、缶に差し込んだストローでエナジードリンクを飲む。
「君たち下見係はこれしか仕事無いんだからいいでしょ、旅費だって経費で落とせるんだから。タダで旅行行けるだけありがたいと思わなきゃ。私は実行委員長で他にも仕事山積みなの!」
 語気を強めながらも口元の緩みが隠せないのは後部座席・助手席後方に座る恵。顔の周りに「わくわく」という文字が見えてくる気がする。
「まぁまぁ、ただでさえ暑いのにこれ以上熱くなっても仕方ないじゃん。時間はたっぷりあるんだからさ。のんびり行こ、のーんびり。」
 おっとりと間延びした口調で宥めるのは後部座席・運転席後方に座る凛。伸びた黒髪をくるくる弄りながら、窓の外を眺める。
「そ、そうだよ……。秋の打ち上げ旅行に向けて旅館に行って打ち合わせするだけなんだし、大した仕事じゃないよ。楽しい時間になるといいね。」
 おどおどしながら皆の顔を見るのは助手席に座る真広。

 これはそんな四人が過ごす、夏の不思議な七日間のおはなし。

【二】

「にしても梶くん凄いね、運転の安定感ぱないよ。」
 恵が友成の運転に関心する。
「まぁ、こっそり高校の時に免許取ってしょっちゅう乗り回してるからな。慣れっこ慣れっこ。それよかエアコンの温度とか大丈夫か?えっと…。」
 言葉に詰まった友成の様子を見て、真広が続ける。
「僕の名前なんて覚えてないよね。実は僕も皆の名前うろ覚えなんだ。ひとつ、自己紹介といかない?僕はミン・マヒロ。眠いに真剣の真、広い狭いの広いって書くんだ。趣味は……カードゲーム、かな。意外と奥が深くて面白いんだよ。」
 テンションの高い恵が続く。
「はーい、あたしはアカヤマメグミ。赤青の赤に富士山の山、お恵みの恵。実行委員長やってまーす、よろしくね!じゃあ次、凛ちゃん!」
 肩を叩かれた凛がくすっと笑って続く。
「あい、うちはサカイリン。お酒の井戸に凛として咲く凛だよ。幽霊実行委員だから顔合わせるのは初めてかな。はい、運転手さん。」
 次の加熱式煙草をセットしながら、友成が話し始める。
「おす、カジトモナリ。木へんに尻尾の尾、友達の友に成功の成。俺も集まりサボってたから実行委員として自己紹介は初めてだわ。運転手やりまーす。」
 恵が溜息を吐く。
「あのさぁ、あたし以外はろくすっぽ集会出てなかったのね。」
「ぼ、僕は出てたよ!存在感無くて分かんなかったと思うけど……。」
 真広が慌てて訂正すると、分かりやすく恵も慌てた。
「そ、そうだったの!ごめん!」
「いや、いいよ。何もしてなかったのは事実だし。今日は役に立てるように頑張るから。あはは。」
 笑って許す真広の顔はどこか寂しげだけど、恵と同じくらい「わくわく」という言葉が似合うように見えた。凛もくすりと笑った。
「うちらは下見と打ち合わせだけが仕事だから、友成くんとうちは外れくじ組だけどね。まぁやることはしっかりやろーっと。にしても恵ちゃんスタイルいいねぇ。胴体の半分があれじゃない?」
「いきなり何言い出すの凛ちゃん!あれって何よ!真広くんもこっち見ない、こら運転手も前見て!」
 車内はたちまち賑やかさを取り戻し、軽自動車は高速道路に乗って速度を一気に上げた。

【三】

 一行の目的地はとある東北地方の旅館。なんでも毎年学祭の打ち上げに借りているところで、駅からのアクセスも良好。三年生は学祭の後にそこで一泊二日の宴会を開くのが恒例行事であるらしい。毎年実行委員が下見と宴会の約束を女将さんにするのもまた定例である。
「でもさ友成くん、今更だけど車で来ちゃってよかったの?駅からどうやって行くとか、電車での雰囲気はこうだとかさ。」
 高速道路を降りた辺りでおもむろに恵がそわそわし始める。流石は実行委員長、仕事熱心だ。
「いいんだよ、教授に許可取ってるし。特急券四枚抑えるより安上がりだし今年は特に暑いから好きにしろってさ。楽できるところは楽しようぜ。それに浮いた分少し貰ってるから、これで美味いもんでも食ってこいって。」
 赤信号で止まった時にダッシュボードから封筒を取り出し、後ろに差し出した。
「わぉ、一万円入ってるよ恵ちゃん。さっさと仕事終わらせて皆で美味しいの食べ行こ。楽しみだねぇ。真広くんは何食べたい?」
 凛が分かりやすくにまにまする。楽しみが増えてやる気が出てきたようだ。
「え、僕?僕はそうだなぁ……。すっきりしたものかな。漬物とか?」
「わぁ、年寄りみたいだね。でも分かるなぁ。こんだけ暑いとね。」

 他愛も無い会話を繰り広げながら、一行を乗せた車は目的地である旅館に到着した。だが、四人の口から零れたのは「疲れた」とか、「やっとか」といった言葉でなく、「凄い」や「ここに泊まるんだ」といった感動的な言葉でもない。絶句した口の隙間から溢れた溜息のみだ。

 理由は非常に単純で、着いたそこはどう見ても旅館の前に「廃」がつくような、今にも崩れて無くなりそうなおんぼろの建物だったからである。

Next…


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