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夏の余命は七日間 03

Before…

【五】

 古めかしい、言葉を選ばずに言わせてもらえばおんぼろな外観とは裏腹に、内装は非常に整然としていて、絢爛豪華というわけでは無いが、どこか懐かしさを感じさせるような雰囲気だ。四人はやっと求めていた田舎の安らぎに辿り着くことができた。
 打ち合わせ自体は毎年行われていることもあり、女将さんは要領・手際よく進めてくれた。お陰で堅苦しい話はすぐに終わり、買ってきてもらったお茶菓子を美味しくいただきながら世間話のフェーズに移る。

「あれま、今年は車で皆さん来たのかえ。それは初めてだ。梶くん、って言ったかね。どこから運転してきたんだい?」
「東京から少し外れたところです。まぁ高校生の頃から運転してるからドライブとか好きなんですよ。少し疲れましたけど楽しかったです。」
「酒井さんちも田舎の方だったんけ。この辺は虫が多いけんど、女の子は大丈夫かいな?」
「えぇ、うちは西の方ですけどあんまり抵抗は無いです。まぁ流石に大きいのを触るのは嫌ですけど。恵ちゃんは苦手そうだね。」
「あああたしは無理だよ!ちっさい虫でもだめ!大丈夫かな……。そこは少し心配です。」
「あっはは、大丈夫だよ赤山さん。中にはそうそう入ってこないから。もしでっかいの入ってきたらわしが退治してあげるよ。眠くんはどうだえ?」
「僕はカブトムシとか蝉ならまぁ大丈夫ですけど、蜘蛛は苦手なんです。さっき友成くんが蜘蛛の巣に引っ掛かった時は後ろで変な汗が止まらなくて。」

 お菓子が無くなりかけたところで、今日のこの後について考えなければならなくなった。車は故障しており、友成の家族の車だから置いて行くわけにはいかない。女将さんたちともう一度外に出てエンジンをかけようとしたが、相変わらず車は返事をしてくれなかった。
「仕方ない、みんなのご家族さんが心配するかもしれんが泊まっていきんしゃいな。わしゃ構わんよ。どうせ閑散としてるんじゃ。お代も頂かんから、ご家族さんに一度相談してみるといい。」
「うちは一人暮らしだから大丈夫、みんなは?」
「僕も一人暮らし……。いつ帰っても誰も何も言わないよ。」
 凛と真広は問題無かったが、友成と恵は実家から来ていたので家族に連絡しなければならなかった。だがスマートフォンもまた圏外のままで、やはりだんまりである。女将さんから電話を借りて恵と友成は家族に連絡をとり、外泊の承諾を得ることができた。
「珍しい、あたしのお父さんがゆっくりしてこい、いつでもいいぞ、だって。もういい年なのにまだ門限あるんだよウチ。」
「へぇ、大変だな。俺んちはけっこう放任だから好きにしろって感じだったな。車のことも特に何もお咎めなし。怒られっかと思ったけども。」

 部屋は男子部屋と女子部屋で二部屋用意してもらえた。各々が車から改めて荷物を持ち出して整理し、美味しい夕食を振る舞ってもらい、温泉から上がった頃にはすっかり疲れも癒されていた。男子部屋では友成と真広が部屋着に着替えてのんびりくつろいでいる。
「なぁ真広、ボロ旅館だって思ってたけどちゃんとした温泉もあるし、案外いいとこだな。着いた時はここ泊まんのかよって思ったけどさ。」
「そうだね、ご飯もすごく美味しかった。特に食べたかった漬物が最高だったよ。次来るのが楽しみだね。」
 友成が座布団を枕代わりにして横になる。
「本当に漬物好きなんだな、渋いね。俺はあの焼き魚がたまらなかったな。あとは俺たちいつ帰れるかだなぁ。悪いな付き合わせて。」
 真広も友成の真似をして横になった。
「むしろ感謝してるよ。僕友達めっちゃ少ないからさ、こうやって同級生と旅行とかお泊りとか憧れてたんだ。すごく楽しいよ。」
 その時、外に轟音が鳴り響いた。雷の音だ。そして凄まじい雨が窓を殴りつけ始めた。更には風も吹き始め、突然天気が大荒れになってしまった。
「うわぁやっばいな。ゲリラ豪雨ってやつか?今日すっげぇ暑かったからな。」
 真広が起き上がって窓際に駆け寄る。時折雷がフラッシュし、雨の勢いはますます強くなっていく。
「すごいね。今稲妻見えたよ。下の街は大丈夫かな?あと赤山さんに酒井さんも。僕は全然気にしないけど、友成くんは雷平気?」
「俺は平気だよ。ただ」
 友成の言葉を遮ったのは部屋の扉を叩く音だった。二人で開くとそこには震える恵と、頭をよしよしと撫でる凛がいた。
「恵ちゃん雷だめなんだって。二人が良ければ何か気分転換でもしながら、天気が落ち着くまでここにいさせてくれると助かるんだけど……。」
 友成がふぅ、と息を吐く。
「やっぱり赤山さんだめだったか。俺はいいぜ。っても何もないけど。」
「僕も歓迎。これもいい思い出になるよ、なんて。トランプ持ってるから気晴らしにみんなでやる?」

 真広が持ってきたトランプは、恵の気を紛らわすには十分だったようだ。部屋に来て間もない頃は掛布団を被って震えていた恵だったが徐々に落ち着きを取り戻し、小一時間も経つ頃にはすっかり元の明るさを取り戻した。
「今時トランプなんて滅多にやらないけど、久々にやると夢中になれるもんだね。あともう恵、でいいよ。名字呼びってなんかよそよそしいし、仲良くなれた証ってことで。」
「うちも気にしないから凛でいいよー。ってかうちらは普通に名前で呼んでたし。」
 雨も風も雷も一向に止む気配は無いが、このひとときは四人の絆をさらに深めた。トランプをきりのいいところで終えた時、女将さんが部屋にやってきた。
「あらまぁ皆さんお揃いで。やだねぇ夜だってんに天気悪くて。大したものじゃないけどお菓子とジュース持ってきたからお食べな。明日は八時半に朝食にするからね。疲れてるだろうし、寝心地悪いかもしれないけど早めに寝るんだよ。」
 まるで親の実家のおばあちゃんだね、と凛が言ってみんなで笑った。貰ったお菓子とジュースを肴にお喋りに花を咲かせきったところで日付が変わろうとした。そろそろ寝ようか、と女子二人が帰り支度を、男子二人が寝支度をしている時にふと真広が問いかけた。
「みんな、幽霊って信じる?」
「あたしは信じないかなぁ。だって見たこと無いもん。」
「うちはいるって思ってるよ。同じく見たことは無いけど、不思議な経験ならしたことあるかな。」
「俺は信じるってか苦手、かな。さっき凛から蜘蛛の巣の話された時は鳥肌止まんなかったんだぜ。」
「そうなんだ……。僕も信じる派なんだけどさ、こう知らないとこで寝るってなるとなんかこう、ね。それに一応古い旅館みたいだからちょっと怖くなっちゃって。」
 「思出荘」という趣ある旅館の中に招かれ過ごした時間は確かに四人に癒しを与え、また初めて対面した四人の心を解し温めたが、恵と友成にはその幽霊の話で少しばかり隙間風が吹いたように感じられた。
「やめときなよ、声に出すとそういうのは寄ってくるって言うよ。うちら女子二人は平気だけど君ら男子諸君は苦手なんでしょ?あと真広くん、さっきから恵ちゃんのこと見過ぎね。ほいじゃおやすみ。」
 凛は驚く恵を引っ張って部屋へと戻っていった。友成は「大丈夫、俺も見てたから」と真広に耳打ちし、二人は布団に入って電気を落とした。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ去るものだ。四人はやはり疲れていたようで、女子部屋の方でも二人は寝る準備に入っている。
「真広くん、そんなにあたしのこと見てたの……?」
「あれは茶化しただけ。でも真広くんも友成くんも見てたよ。だって恵ちゃんスタイルいいもん、うちもいいなーって見てたし。そんなことより寝よ寝よ。朝ご飯も楽しみだなーっと。」
 顔を真っ赤にしている恵と、おもちゃを手にした幼子のように面白がっていた凛も、布団に潜るとすぐに深い眠りへと落ちていった。

 そして翌朝、朝食よりかなり早い時間に女将さんが慌てて四人を起こしに来た。言われるがまま外へ出ると、青空の端の方にはまだうっすらと昨晩の黒い雲の名残が空に浮かんでいる。そして、車で登ってきた裏口の道は、途中で斜面の土が崩れて完全に塞がってしまっていた。四人はまたもや途方に暮れることとなる。

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