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SS09

 今朝は少し遠くまで散歩してきました。水辺に行きたくて、近くの有名な沼へ。実は精神不調の時に一度訪れたのですが、その時はただ自己嫌悪に浸るのみで景色を堪能する余裕などありませんでした。雨も降っていましたし。
 気分が晴れてから改めて来てみると、やはりとてもよいところでした。自然の中で過ごすのは好き(例の八本足がいなければ)なので、癒しの朝を過ごすことができました。
 さて、今回のテーマは一貫性があるものなので、書きやすそうです。例の「アレ」が少しチクチクしますが、いずれ乗り越えられるでしょう。笑


SS09「月光」

 出張の疲れを癒すため、帰りに温泉に寄った。時刻は十九時になろうとしている。初の一人出張で、朝目覚めた瞬間からずっと緊張していた。
「そろそろ、君にも大仕事をひとつ、任せてみようか。」
 所長の一声で、もうすぐ若手と呼ばれなくなるくらいの、それでもまだまだ若手の僕に重要な任務が課された。少し前から良くしてもらっている取引先に、大きなプロジェクトの提案をするために遠方へと足を延ばしたのだ。
 とはいっても、あくまで「提案」であり、本格的な話をするわけではない。我が社でこんなこと考えてるんですけど、ご一緒してくれませんか?と話をしに行くだけだ。そこで、おっさんより爽やかな若者が良いだろうと、若者の中で経験と人柄を買われて僕が選ばれたわけだ。
 結果から言うと、かなり良い反応だった。何度も資料を読み、イメージトレーニングを重ねた成果だろう。所長にも報告し、お褒めの言葉を貰えた。そこで、嬉しさと共に前夜からの疲れが一気に押し寄せたわけである。
 出張先から鈍行で数駅のところに温泉街があり、そこでゆっくり温泉にでも浸かって一泊して帰ろうと考えたのだ。所長のご厚意で、明日は有給で休みにしてもらっている。ありがたや、ありがたや。
 感染症蔓延対策のせいか、事前に調べて思い描いていたものとは裏腹に、閑散としているのが少し残念だった。宿がいくつか並ぶ中で、団子の絵が描いてある暖簾をかけた温泉宿を見つけた。何かの縁を感じてそこに足を踏み入れた。
 引き戸を開くと、奥から優しい笑顔の女将さんが迎えてくれた。
「いらっしゃい。今日はお客さん他にいないから、貸し切りみたいなものよ。」
 その一言で、今日の寝床が決まった。ガヤガヤしていては、癒せるものも癒せやしない。完璧だ。部屋に案内してもらうと、早速スーツを脱いで旅館の着物に着替え、先に温泉に浸かることにした。女将さんは「お風呂から上がる頃にはお夕食にできるように準備しておきますね」と、更に癒しの言葉をかけてくれた。至福。
 全身の汗と垢を洗い落とし、露天風呂に浸かる。夏の名残はまだあるものの、日が落ちると涼しくなったもんだ。決して広いとは言えない温泉だったが、足を伸ばせるだけで十二分過ぎる。湯煙と、風呂に落ちる紅葉が雰囲気をよりよくしてくれる。そこに月明かりが差し込み、風情は最高だ。緊張と疲労が、湯に溶けていく。
 部屋に戻ると、すぐに女将さんが夕食の準備をしてくれた。豪華過ぎず、質素過ぎず。僕がまさに求めていたものだった。そして、机の中央に小さな団子の山が置いてあった。
 「今日は十五夜ですからね。予約も無かったし、従業員皆でお団子でも食べましょうか、と言っていた時にいらして頂いたので、ぶっちゃけお裾分けなんですけど、よろしければどうぞ召し上がって下さい。」
 焼き魚と味噌汁、漬物を白米と一緒に頬張り、あっという間に食べ終わってしまった。今までずっと緊張していたせいか気付かなかったが、相当空腹だったようだ。
 そして、団子の山に手を伸ばす。食後の甘味はたまらない。中に餡子が入っていて、実に美味しい。四個の小さい山は、あっという間に胃袋へ吸い込まれていった。
 自販機で缶ビールを一本買い、持ち合わせていたお菓子をツマミに飲む。疲れたが、取引先、そして旅館の女将さんの、人の温かい部分に沢山触れられた一日だった。明日も休みだし、美味しい朝食が待っているだろう。その前に、少し早起きしてまた温泉に入ろうか。朝五時から入浴可能とのことだし、朝風呂もいいもんだろう。僕の心も、温泉のお湯だけでなく、様々な人に温めて貰えたなぁ。さて、少し早いけど眠くなってきたし、寝るか。明日も、のんびり過ごさせてもらって、明後日からまた頑張ろっと。


 今回のキーワードを見た時から、心温まる話にしたいと思って書いてみたのですが、いかがだったでしょうか。実は十時頃から書き始めていたのですが、職場に今後のことについて話す機会を頂けたので、一度席を外し、帰宅してから残りを書きました。
 職場が今年から変わり、昨年度から引き続きお世話になる先輩、今年から同じ職場になる先輩・後輩の皆さんがとても温かく迎えてくれました。後輩、といってもあくまで経歴上の話で、今の私はこの仕事を初めて始めるような心持です。約半年、仕事から離れ、脳内は仕事モード完全オフで、正直今まで何してたっけ?くらいなのです。最若年の気持ちで、また一から歩み始めようと思い、記録に残させて頂きます。

 さて、前回のキーワードは、


「現在」「一方通行」「黒曜石」

でした。黒曜石の使い方に迷いましたね、あとは、比較的使いやすいワードだったと思いました。次回は、いつになるでしょうかね、明日か、はたまたもっと先か。気が向いた時に書きますので、お付き合い頂ける方がいらっしゃいましたらよろしくお願いします。

 今回の一曲は、「CLAP YOUR HANDS」。皆で、手を叩きましょう。笑

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