「瞑想がもたらす快感」のデメリット

瞑想は中立的な行為である.
しかし深まっていくにつれて快感のようなものを感じることがある.
これは悪いことではない.
瞑想によって心地よさ・快感を感じるのは想定できることだ.
しかし,これが当然のものであると思ってはいけない.
なぜならそれは執着を生み,次回以降の瞑想の際に苦しんでしまうから.
前回はあんなに心地よさが現れたのに,今回はなぜそうならない?」と.
執着し期待すると,それが得られない時に焦り,自分を責める.

だから苦しさというのは現れて当然,あって当然のものだ,と苦しさに親しむこと.
瞑想をするときであってもそうでないときであっても,それが大事.
苦しみを消そうとせず,苦しみから逃げようとせず,存在を認めてあげると,勝手にエネルギーを使い果たして萎んでいく.


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