見出し画像

渦中から君へ16

ちょっと用事があってぼくの職場に君を連れていった。
職場と言っても普通の一軒家で、つい3ヶ月ほど前まで君も住んでいた。なんかずいぶん経った気がするけれど、引っ越したのはほんの3ヶ月前のことなんだな。いまの家から徒歩4分の距離だし、コロナがなければぼくは毎日通っているのでぼくにとっては今でも馴染みのある場所だけど、君はさぞ不思議な感じがしたことだろう。
君は玄関から入るなり、すぐに目についた正面の階段を上りたがった。君が住んでいたころはこの階段には上と下両方に柵をつけていて、君が侵入できないようになっていた。というのも君は数ヶ月前にその階段をかなり上まで登って転落した。見事に転げ落ちていったのである。君は救急車で運ばれ、幸いにも無傷だった。それで柵をつけることにしたのである。

君は上手に二階まで上がってゆき、今では物置になっている二つの部屋を物色した。昔は寝室にしていた部屋もその大部分を占めていたベッドが新居に移っているので、もはやなんの面影もない。隣の洋室も物が溢れていて、ちょっと前まで転げ回っていた部屋だと君が気づいたかどうか怪しいところだ。おもちゃ類はすべて新居に移っているので君が興味を持ちそうなものはほとんどなかったことと思う。ぼくに促されてまた一緒に一階へと階段を降りた。起きている時間のほとんどは一階のリビングや縁側で過ごしていたので、さすがにここは知っているぞって思ったんじゃないかと思う。いろいろ物色するかなと思ったけれど、なんだろう?なんか驚くほどあっさりと興味を失って玄関の方へ行こうとぼくを急かした。

ぼくは生まれてから18で上京するまで同じ家で過ごしたから、2歳になる前に新居に移った君が前の住居の写真なんかを見てどう感じるんだろうとついつい想像する。たしかにそこで過ごしたのに、そんな記憶はすっかり消えてしまう。同じように関わった人たちやこのコロナウイルスの混乱のような出来事も、なかったかのように君には何も残らない。
それってなんとも耐えがたいって思うから、これを書こうと思ったわけだった。

新居に移ったのと同じタイミングで、夫婦そろってよくゲームをやるようになった。みおさんはもともとファイナルファンタジーのファンで、15をやるためにPS4を買ったのだけど、15には早々に飽きてしまって代わりに14をやり出した。これが本当に楽しいらしく、朝早く起きてプレイしてる。14はオンライン専用で、やり始めてすぐにいいフレンドができて毎日きゃっきゃ言いながら遊んでいる。この前はゲーム内の家の中にバーを作ってチャットしながら飲み会をしていた。
一方、ぼくもぼくでFF10をプレイしてる。もともとみおさんに勧められてiOS版を入れたのは一年以上前のことで、なかなかハマれないまま長らく放置していた。しかし、みおさんが13を始めたくらいから復帰して、もうだいぶ終盤まで来た。スマホ画面をテレビにミラーリングしてやっている。あ、実は君を前の家に連れて行ったのもメルカリで買った10の攻略本を誤ってあちらに送ってしまったからなのだった。なんでもこの10はこれまでのFFの中でももっとも人気があるらしく、たしかにストーリーを進めていくとなかなか興味深いテーマだなと感じる。もう本当にストーリーは終盤なんだけど、分厚い攻略本を2冊も買ったからこれからしばらくサブシナリオを楽しむことになりそう。たぶんこの攻略本は君の伯父さんも持ってたんじゃないかな。なんとなく見覚えがあるぞ。
ぼくはコロナによって余暇の時間が増えたわけじゃないのだが、巷では「集まれ!どうぶつの森」と「FF7リメイク」が大盛り上がりである。ニンテンドースイッチもなかなか買えない状況らしい。夫婦でこんな状況なので、君がゲームをやることに対してぼくらはうるさく言わないことだろう。なんならノリノリで買い与えるかもしれない。

昨日はばあばが買ってきてくれたシャボン玉を実家の庭で飛ばしていたね。ぼくも少しだけ飛ばしてみたけど、透明でありながらカラフルな輪郭が揺れる球体が浮かんでいく様は見ていて楽しい。君はつかもうとしたり叫んで追いかけたりしていた。自力では吹くことができないし、なんなら口につけちゃうので危なっかしかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?