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ハレもケもハレ 0 : 人生の岐路に立っている気がするので、書き記すことにしました。

ひょんなきっかけで今の恋人と知り合ってから、もう1年が経とうとしている。

細かな日にちまでは覚えていないけれど、彼の紹介で観た「はじまりの歌」は3月にFilmarksでマークされていたからきっとそれくらいなのだろう。
最初はまるで雨の降り始めくらいにポツポツと、数日おきに一度。それが毎日になり、朝、昼、夜、とおおよそ決まった時間にやりとりするようになり、たまに電話する間柄になったのが4月頃。
そこから日々を重ねて、緊急事態宣言が明けて場所と環境を選びながら初めて会い、お付き合いを始めたのが6月のこと。

そこから色々な日々を超えて、2月も終わろうとしている。
「いつか一緒に暮らせたらいいね」という話はわりと序盤からしていた。そう急く歳ではないけれど、お互いの周りもジワジワとやれ結婚だやれ同棲だという話が出るようにはなってきているし。


「今までなんでみんな結婚するんだろうと思ってたけど、すごくしたいと思うようになってきた。
彼女じゃ何かあった時に仕事は休めないけど、奥さんだったらすぐ早退できる。それって自分事として捉えられることが増えるってことで、いいなって」

「先のことは分からないけど、別れる予定は無いし、となると結婚を前提に付き合ってるつもりだったけど」



そんなことを彼がさらりと言うから、どきどきしてしまうことが数回。基本的に兄みたいで母みたいで親友みたいな恋人は、ときめく!ドキドキ!というより水のように居心地が良くいつも馴染む存在になっている。だからこそ、この人と一緒に生活してみたいと思うようになったし、幸運なことに彼もまた同じように思ってくれていた。

それはとてもとても幸福なことで、うれしい。
それでいて、ふとした時に不安になる。


…わたし、もしかして今人生の岐路に立っている?


自分なりにこれまで道を選んできた、つもりでいる。もちろん沢山いろんな人の助言は受けてきたし、従ったり反抗したりしながら道を選んだ。それでも、最終的には全部納得して選んできた道だった。だからこそ、ふとした時に悩む。

すこしずつ、自分で選んだ道が、1人のものでは無くなってきつつある。のかも、しれない。と。
進学先も就職先も、結局は自分の人生だった。いろんな援助を両親から受けてきたとはいえ、誰かの人生を変えてしまうことはなかった。
( 今でも母はわたしが就職を機に上京したことを良くは思っていないので、そういう意味で母の人生は傾けてしまったのかもしれない。後悔はしてないけど。この話もいずれ。 )

でも、彼と一緒に暮らす場所を選ぶときには、勿論わたしと彼、それぞれの職場から通いやすい場所から探している。もしも一緒に暮らすのがわたしじゃなかったら、それはきっと違うエリアになった。いつまで仕事を続けるのか、わたしにすら分かっていないのに。
そんなふうに、だれかの、ましてや他人の人生の選択に自分が関わるようになっていることにふと狼狽えてしまった。


家族ってなんだろう。
同棲って?結婚って?苗字を変えるって?
人生を選択していくって、どういうこと?

考えはじめると、分からなくなった。
だから、ぜんぶ書くことにした。
だって、きっとこの先長くなる人生のなかでも
こんなふうに選択する前じゃないとこの気持ちは書けないから。

だから、マガジンとしてまとめながら、ちまちまと書いていこうと思います。
もしかすると途中で彼と別れるかもしれない。わたしが仕事を辞めるかもしれない。病気になるかもしれないし、それはわたしではなくて両親かも。それは分からないけれど。
人生の岐路に立っている、今のあれこれを誰かに聞いてほしいので綴ることにしました。


わたし
来月で24歳。病院でリハビリの仕事をしている。
どこでも眠れるのが特技。ゲラなのですぐ笑う。
ズボラですぐに家を散らかす。誰かとご飯を食べる時間とお散歩が好き。


26歳。会社で経理の仕事をしている。普段はクールキャラらしい。一緒にいるときは
だいたい変なことを言ってわたしに笑われるか白い目で見られるかしている。理屈っぽいけど合理的。
スポーツ観戦と犬と猫が好き。

ふたりのこと




ハレの日もケの日も、彼といたら特別なハレの日くらい楽しい。これから長く一緒にいると、きっと嫌なことも苛立つこともあるんだろう。それも覚悟の上で、いっしょに人生を選んでいく人であってほしい。分からないけれど。どうぞよしなに。


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