見出し画像

#12 若者に疎まれても不貞腐れては駄目だよ 30代からの英国語学留学記 2018年2月15日 その1

昨晩も眠れず朝を迎える。
ロング缶を3本飲んだが、ただ悪い意味で軽く酩酊しただけであった。

アルコールを睡眠導入として使用するのは医学的によろしくないため、当たり前っちゃ当たり前であるが、異国で4日間も不眠が続くのは辛い。

昨晩飲んだ缶の処分方法が分からず、シナンに聞こうと思い空き缶を抱えて朝食会場へ向かった。それを見て驚くシナン。

「昨晩部屋で独りで酒飲んでたの?缶の酒なんて不味いよ。クレイジーだよクレイジー!ただお前がお酒好きでよかったよ。今度一緒にパブに行こうぜ。イギリスのドラフトビールは美味いぜ!」

やっぱりシナンはいい奴である。

独身生活が長く、独りで家で淡々と酒を飲む習慣が根付いていたが、トルコでは、家で独り酒というのは異常な行為なのだろうか。
だがそもそもトルコはイスラム教の国なのでアルコールはNGなのでは?世俗化が進んでいるとは言え、あまりアルコールを飲むのは歓迎されないのではないか。オヌールも飲酒習慣があるようだし、その辺はイマイチよく分からない。

是非今度一緒に飲もう!! でもシナンはトルコ人だからアルコールはダメなのでは?ムスリムだろ?

そう問うと「何言ってんだ。俺はムスリムじゃない。全てのトルコ人がムスリムという訳ではないのさ。それに殆どのトルコ人は皆お酒が好きだよ。でも独りで家で缶ビールを飲む奴なんていないが」

シナンはトルコ人なのにムスリムじゃないのか!

衝撃の事実である。

ということはビザンツ帝国時代からの信仰を守り続けた由緒ある正教会の信徒なのだろうか?そんな雰囲気は全くしないのだが。

疑問は募るが、朝がとにかく弱く不機嫌な雰囲気を醸し出しているシナンにあれこれ聞くのは野暮なので、深入りはせず。

いつも通り通学バスへ乗る。相変わらず謎のスマホゲーに夢中でプレーを見せてくるシナン。興味の無いルールも分からないゲームを見せつけられるのも苦痛なので、昨晩シナンが夕食に現れなかったことを思い出し、その理由を問う。

「昨晩はジムに行っていたんだ。ついついワークアウトに夢中になって家に帰ったのは11時過ぎだったよ。ご飯はそのあと食べたよ。深夜でもちゃんとレンジで温めてくれたからあのホストは優しい。素晴らしい人たちだよ」

まさかのジム通いで不在とは。
しかし夜11時過ぎに普通にご飯をガッツリ食べたのではジムに通った意味がないのではないだろうか

突っ込むのも野暮だし、そのような突っ込みをどう英語で表現するか分からなかったため、「ジムいいね!身体を鍛えるのは素晴らしいことだよ」と適当に返事をする。


学校に到着し、シナンからまた5本ほど煙草を貰い、一服してから授業を受ける。

1時間目のドミニクおじいさん先生の文法の授業は相変わらず順調である。

先生の教え方とパートナーカルロスがしっかりしているからだ。
ずっとこの授業が続けば良いのにと心底思うのだが、居心地の悪い、苦手な相手とでもコミュニケーションを取れるようにならなければ実践的な知識は身につかない。

と、高尚な事を言ってもツライ授業よりも、自分にあった心地よい授業の方を求めてしまうのは自然の理だよ。いきなりハードモードはキツイっす

1時間目終了後、ドミニクおじいさんが先日提出した自由課題のエッセイを返却してくれた。彼曰く、僕とカルロスしか提出しなかったらしい。

二人とも英語を本気で学ぶ意欲が感じられてエライ!と褒めてくれて純粋にうれしい。
褒められるのは悪いことではない。常に褒められていたい。

返却されたエッセーは先生の赤字添削がビッシリ。単純に誤りを正す添削だけではなく、良い表現にはgood等と短評を随所で載せてくれており、最後にエッセー全体の感想も中々の分量で書いてくれた。


因みにエッセーのテーマは最近見た映画の感想文。
行きの飛行機で見たオリエント急行殺人事件の感想を書いたのだが、懐古主義者の僕は最近創られたものよりも、70年代のオールスターキャストで創られたものの方が良かった、といった感じの薄口エッセー。

肝心のエッセーへの先生のコメントは、年代的に彼も昔のバージョンの方がよく、特にイングリッド・バーグマンが今まで見た演じたことがなかったようなキャラクターを演じられたことに驚いた云々。ちゃんと僕のエッセーを読んだ上でしっかりコメントをつけてくれていた。

ドミニク先生はイングランドの藤野先生である。
良い所は良い所でちゃんと短評を入れてくれるのは励みになる。
今後こういう表現を使えばよい、という確信が持てる。
明日もエッセーを負けずに提出しよう、と心に決めた。結構書くのシンドイんだけどね。

問題のハードモードの2時間目はやはりハードモード。アリス先生の英語が全然聞き取れないし、パートナーを組むティーンエージャーとも波長が合わない。

授業の前半はいつも通り先生が提示した特定の語彙、表現をグループワークで確認し、後半は語彙の実践的な定着を促すため、前半の語彙のどれか一つを必ず使用して渡英前の自分の境遇について、長めの自己紹介をし、それを受けて、別の生徒がこれまた指定の単語を交えて質問をする、という中々込み入った内容。

自己紹介は勿論生徒全員。
そして質問は、自己紹介後に先生が指定した生徒が強制的に行わなければならない、という厳しいルール。

どう質問したら良いのか思いつかない、もしくは相手の英語が上手く聞き取れなかったから、なぁなぁで相手の発表を聞き流す、なんて温いことができない。興味のない相手の自己紹介であっても無理やりにでも質問しなければいけない。いつ質問する側になるか分からないからである。

良いシステムではあるだろうが、1時間目のドミニク先生と比べてアリス先生の教え方はかなり強権的ではないだろうか。嫌な緊張感がある。

幸運な事に、僕が質問の義務を負ったのは日本人の若い大学生男子。
日本人訛りの英語は聞き取りやすいのと、ホテル業界で働きたいからビジネスホテルでアルバイトを頑張っている、と言った質問しやすい内容だったので助かった。
お客から受けたクレーム(英語だとcomplainというのだが)のうち、一番horribleなものは何だったか、と質問をして無事終了。

そして自分の自己紹介。
前職で工場の生産管理をしていたが、何度計算しても不可能な目標に向けて生産計画を立案しなければいけない事があり、不可能だと上司に諫言しても拒絶され、manageはしたが案の定計画未達になる。そしてその場合でも、こちらの責任になり、酷く叱責されて嫌だった、というネガティブスピーチをダラダラ垂れ流す。

質問相手はサウジアラビア人。

「何故君の上司は不可能な計画をやらせようとしたのか?それで何故君が責任を負うのか?」
というご尤もな質問をされ、Because It was Japanese cutlureと答える。

当然場の空気を読んで、周囲に溶け込めるような明るい話題をするべきなのだが、不眠と前々日の授業で疎外感を常に感じているため、苛々が募り、このような態度をツイツイ取ってしまった。
それ故、余計に腫物扱いを受ける。何という悪循環。
わかっちゃいるけど止められない。どうやってこの負のスパイラルを止めればよいのか。

ちなみに我が盟友カルロスは、僕とは異なる意味でティーンエージャー達を困惑させていた。

彼は48歳の妻子持ちの銀行員であるため、知識・経験共に他の生徒達を圧倒的に凌駕している。加えてキャリアアップのため、休暇を潰し、自費で語学留学する程、高い意識を持ち、常にやる気マックスで授業を受けている。

それは非常に良いのだが、時に過剰になり過ぎるきらいがある。

自己紹介がとにかく長い。他の生徒はせいぜい2分程度のスピーチなのに対し、彼は10分程の大演説。そしてその内容自体も妙に難しい。

現在はブエノスアイレスに妻と子供たちと暮らしており、お互いの両親とは離れてくらしているが、年に数回はどちらの両親にも自分の子供を合わせなけれならず、バランスを取るのが難しいと言った話から始まり、その後は銀行員としてのかなり難しい話、モーゲージ(簡単に言うと住宅ローンのことで住宅ローンの債券)の取り扱い云々と、そこから派生した証券等の話と、銀行の内部監査の大変さ等の話をしていた。

レベル4の社会人経験のない学生達には理解も共感もできないのではないか。

ぶっちゃけ僕もほとんど彼が何を言っているのか分からなかった。
多分日本語でも分からないと思う。金融に関する知識が薄い。

ただ彼は銀行員であること、そして住宅ローン関係を取り扱っていることを大変誇りにしていることは分かった。
借りる側も貸す側もenjoyできるのが住宅ローンの素晴らしい所であり、その理念を実現させるために、銀行員として考えられうる知恵を絞り、努力をしなければならない、と強く主張していたのが非常に印象的であった。

個人的に金融商品を売りつける存在、というのは複雑な仕組みとガチガチの約款を盾に自分だけ得するよう、仕向けることに腐心している輩、という偏見があった。
特に住宅ローン関係の証券と言うと、僕の就職活動を大いに苦しめたリーマンショックの元凶であるため、殊更悪い印象を持っていた。

しかしカルロスは、純粋に住宅ローンの理念上の素晴らしさを心から信じているようだ。彼の今までの行動と、この長すぎる周囲を完全に無視した熱弁から考えると、建前ではなく、本気でそう思っているのだろう。

皆、彼のような人であったら、悲惨な金融危機など起こらず、その影響を受けて苦しむ若者など存在しないだろうに、と一瞬考えてしまった。(そんな社会は甘くないしもっと複雑なことくらい分かってはいるが)
そして彼のことを改めて尊敬した。

まぁ、訳の分からない難しい話を強烈なスペイン語訛りの英語で10分近く聞かされるティーンエージャー達はたまったもんじゃないが。

ご愁傷様としか言いようがない。

だが授業を最大限生かすために、なりふり構わず遮二無二授業に参画するカルロスは正しい。本当に凄い人だ、彼は。

こうして2時間目も終了。あとはランチと3時間目をどう乗り切るかである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?