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『パラレルワールド』

2024年4月8日月曜日午前8時過ぎ。仕事がさほど忙しくない中でふと有給を取得した私は、今日は何をしようかと考えながら身支度を済ませ、ロードバイクに跨り明治通りを古川橋方面へ進んだ。右側前方の視界に入る白金ザ・スカイにチラリと目を配らせ、昨年に竣工したばかりである白とガラスの巨塔は、この1年間でどれくらいの含み益を生み出したのだろうかとか想像しつつ、明治通りの起点である古川橋交差点を左折し、麻布通りを飯倉片町方面へ北進した。

月曜日の出勤時間帯における麻布通りを行き交う人々をふと観察した私は、2024年時点における日本の人口動態には似つかわしくないほど、多くの親子連れがいることに気づく。綺麗に手入れされたママチャリの荷台に未就学児と思われる男児を載せた30代前半と思われる女性。瀟洒な紺色の背広を着こなした30代中盤と思われる男性ビジネスマンと、その娘と思われるツインテールをしたやや大きめのランドセルを背負った女子児童。そんな彼らの様子を眺めていた私は、港区をはじめとした都心地区は閉塞感に満ちた日本における数少ない希望の源泉であることを肌で感じるのと同時に、豊かな教育の機会や文化的資本に恵まれた都心への人気が過熱する昨今の不動産市況を、ある意味当然の成り行きとして納得するのであった。

そんな彼らを横目で見つつ、ロードバイクに跨りながら韓国大使館の警備にあたる警視庁関係者をいつもと変わらない様子として見届けていた私は、二の橋交差点で信号を待つ間に、私の故郷がある知多半島の町における住宅地価格の平均変動率が、今年は6%近くの下落率であったことを思い出した。

物心のついた年頃から毎朝自宅に届く中日新聞を読んでいた幼少期の私は、毎年3月に公表される公示地価のニュースを読むことが大好きだった。2000年代中盤における東海地方は、基幹産業である自動車産業による好調な輸出に支えられ、中部国際空港の開港や愛・地球博の成功、高さ247mのミッドランドスクエアの竣工など、「元気なナゴヤ」と呼ばれていた誇らしい時期を経験しており、空前の再開発ラッシュによって名古屋駅前の地区は2桁以上の商業地価格の上昇率を見せていた。その後到来したリーマンショックを経てトヨタが計上した巨額の赤字。超円高によって国内製造品の採算がとれなくなった企業による相次ぐ生産拠点の海外移転。それに伴い閑散とした中部地区最大の歓楽街である錦三丁目における商業地価格の暴落。良いときも悪いときも経験した、そんな時代の変化を正直に反映した公示地価を知ることを通じて、私は社会や経済への興味を得ていた。

そんな公示地価に関する思い出を辿っていた私は、6%程度の地価下落が毎年のように続いている故郷の行く末を憂いながら、人口減少時代に突入した現代日本社会において時折議論に上がる過疎地域切り捨て論に対して複雑な感情を抱きつつ、片や全国各地から若者を吸い上げるモンスター都市・東京の一等地である麻布十番へ、自転車を漕ぎ進めるのであった。


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