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第3回 学校のピンチを、研究でチャンスに変えて(前編)

石黒 康夫 専任教授(桜美林大学 リベラルアーツ学群 資格・教職センター)

第2回の芳賀均 先生にご紹介いただき、今回は桜美林大学の石黒康夫 専任教授にお話を伺います。

 石黒先生は、東京都公立学校の非常勤講師からキャリアをスタートし、都内の区立中学校での教諭・教頭を経て、2004年に荒川区の中学校の校長に着任されました。ここでのある出来事をきっかけに、学校経営に取り組みながら明星大学通信制大学院に入学。前期博士課程、後期博士課程を修了し、博士号を取得されました。その後、世田谷区内の中学校の校長、神奈川県逗子市教育委員会の教育部長を歴任し、現在は桜美林大学の専任教授としてご活躍されています。

 なぜ校長として実務に携わりながら、通信制大学院で研究を行うことになったのか。そこで積み上げたものが、どう教育現場で生かされたのか、について伺います。


中学校の校長を務める傍らで、明星大学の通信制大学院へ。なぜ、働きながら学ぼうと思われたのですか?

 今から18年前の2004年に、荒川区にある中学校の校長になったのですが、当時の生徒に問題行動が多くて、校内がすごく荒れていました。この状況をなんとかしたいと思って、いろいろな文献や情報を探っていたところ、まずは応用行動分析学にたどり着きました。そこで心理学者の島宗 理先生の本と出会い、直接ご相談をしたところ、「スクールワイドPBS(Positive Behavior Support)」という手法があることを教えていただきました。

 その頃は、藁にもすがる気持ちでしたので、これをやるしかないと思い、大学院の修士課程で勉強することを決意しました。明星大学の通信制を選んだ理由は、場所が通いやすかったことと、通信制なら仕事と研究を両立できると考えたからです。

2007年大学院入学式の様子(写真一番手前が石黒先生)※一部画像を加工しております

当時の中学校は、具体的にどんな状況だったのですか?

 ちょうど校区が自由選択制になった頃で、同時期に荒川区がその中学校を廃校にすると決定したのも重なって、生徒数がどんどん減っている状況でした。その後、卒業生の猛反発を受けて廃校は撤回されたのですが、前任者の休職をきっかけに私が校長として着任することになりました。

 私自身、心理学の第一人者でもある國分康孝先生のもとで構成的グループエンカウンターや教育相談について大学時代に学んでいたので、そういう要素を取り入れながら学校を経営しました。そうしたら、不登校の子も来られるようになり、発達障害がある子も手厚く面倒をみられるようになりました。

 やがて区内でも評判になり、そのような子たちが増えた一方で、一部で不公平に思える指導という新たな問題も生まれてきました。例えば、発達障害がある子が、何かをやった時にできなくても仕方ないねとなったとします。そうすると、別の生徒から「何であの子はよくて、私はダメなの?」となる。そうしたズレが重なって、だんだん学校全体に問題行動が増えてきたのです。教室の外で水の音がするな…と思ったら、学校中の蛇口が開けられていたこともありました。時には、教師に対する暴言・暴力も起きたりして大変でした。先生たちは一生懸命に対応してくれていたので、なんとかしなければと強く思いました。

当日は桜美林大学の研究室でお話を伺いました。本棚には心理学や教育学など様々な分野の本が

明星大学の通信制大学院に入学後は、どのような研究をされたのですか?

 先ほど少し話した「スクールワイドPBS」という、アメリカで生まれた応用行動分析学を用いた生徒指導システムについて研究しました。問題行動を起こした生徒に罰を与えるのではなく、いくつかの望ましい行動を挙げ、それができた時にはご褒美を与えるというものです。アメリカでは、ポップコーンなどと交換できるカードがもらえるようですが、日本の学校にはそのような文化もなく、馴染まないので、スクールワイドPBSをベースに、私たちの実情に合ったオリジナルの仕組みを考えようと思いました。

石黒先生の修士論文と博士論文

指導教員の島田博祐先生には、どのようなアドバイスをもらいましたか?

 さまざまなアドバイスをいただいたのですが、学校の荒れ具合を測る尺度があるといいよね、と言われたのは印象に残っています。まずはリストアップした問題行動を程度によって分類して、それがどういう割合で起きているか調べたらどう?と示唆していただきました。その後も、スクールワイドPBSのことを教えていただいた島宗先生の研究室の学生や、他大学の方にも協力していただきながら、私の勤めていた中学校を対象に実践しながら研究を進めました。

具体的には、どのようなことを行なったのですか?

 まずは、中学校の先生たちと望ましい行動のレパートリーと、問題行動を修正する手順、生じた際の記録用紙を作成しました。その後、生徒たちに望ましい行動に関するアンケートを実施。その結果と教師の原案を元に、「五つの大切」を作成して、生徒に示しました。

 研究では、生徒が望ましい行動をとった時に、教師がポジティブな言葉がけをすることで、望ましい行動が増え、問題行動が減るのかどうかを調べました。また、問題行動の質が変化していくことで、学校の秩序が回復するかどうかにも着目しました。

実践と研究の結果、中学校になにか変化はありましたか?

 おかげさまで見事に状況が良くなりました。先生はもちろん、生徒たちにどんなことが望ましい行動かを考えさせたことによって、自分たちでつくったルールだという思いが芽生えたのが良かったのだと思います。その一方で、こういうものは最初につくった時はいいけれど、生徒や先生が入れ替わった時になくなってしまうことが多いのも事実。継続させるにはどうしたら良いのかという、新たな課題も出てきたので引き続き博士課程でも学ぶことにしました。

自身の中学校が抱える問題を解決するために、明星大学の通信制大学院の修士課程で研究を行なった石黒先生。理論と実践を結びつけることで一定の成果が出たものの、これを一過性のもので終わらせないためにどうしたら良いのか、さらに研究を深めたそうです。後編では、博士課程で学んだことや、通信制大学院で学ぶ上で必要なことについて伺います。
 
後編へ続きます】