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ひと夏の逃避行

リュックサックから零れ落ちそうなほどに膨れ上がった憂鬱。黒く重い日常の波から逃れるように飛行機に乗ったのは、5年前の夏だった。

できるだけ、遠くへ。我に返ったときには、本州を抜け鹿児島の離島に降り立っていた。小さな民宿の門を叩く。

「この島には、干潮時だけ姿を現す不思議な砂浜があるよさ」
女将さんに言われ、グラスボートで向かう。干潮の時間を調べなかったことに気付いた。まあ、行き当たりばったりでいいか。

案の定砂浜はこれからようやく姿を現すというところで、他に人は無かった。まだ30㎝四方しかない浜に降り立つ。透明度の高い、翠色の海と空。見渡す限り障害物は何も無い。「自分」の存在を強く感じた。

島ではその後、何もせず過ごした。行きより随分軽くなったリュックサックに、土産屋で買った黒糖の酒を詰め込む。

「明日からまた、頑張ろうかな」
これは誰でもない私の意志だ。弥立つ私は、波に向かう気持ちで飛行機に乗った。





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