ラマダンと嘘
街の安食堂ではおやじ達がハリーラ(スープ)とゆで卵を目の前にしておあずけを言われた犬のようにじっとしている。やがて「アッラー」という日没を知らせるアザーンが響くと彼等は堰を切ったように食べ始めるのだ。
そう、今はイスラム暦のラマダン月。ラマダンは断食と訳されるが、厳密には飲み食いできないのは日の出から日没までである。この間、煙草も吸えないし、厳格な人は唾を飲み込む事もためらう。しかし、夜はいつも以上に食べるので、ラマダンが明けると太る人も多いらしい。本来は貧しい人々の気持ちを知るためのものらしいのだが・・・。
ラマダンは一ヶ月続き、日中は飲食店は閉まっているので、普段カフェにたむろしているおやじ達はその拠点を失い、歩道や公園のベンチに座り込み、省エネに努めてぼーっとしている。口数も少ない。一方、腹が減ってイライラするのか、ちょっとした事でも小競り合いが起こる。昨今、日本でも若者の忍耐力のなさが取り沙汰されるが、モロッコではいい大人でさえ「腹減った」=「イライラする」であり、「元気がない」となるのである。心身は一体であるという見事な例である。
日没の直前、家路を急ぐ車の群れさえもまるで「メシメシ」と言いながら走っているように見える。そして日没と同時に通りは人気を失う。みんな家で食事をしているのだ。いつもはクラクションの絶えない通りが静まり返るのは王様が通る時とこの時くらいである。
ラマダン中は昼休みなしで3時までが勤務時間となるので、僕も一応職場では一切飲食しない。そのため同僚達は僕がちゃんとラマダンをしていると思っている。時々僕のお腹を触って「こいつ本当に喰ってねえよ。」なんてチェックが入るが、それは僕が痩せているからそう思うだけだ。でもアラーは知っている。3時に家に戻った僕が日没を待たずにすかさず遅い昼食を食べている事を。どうか天罰が下りませんように・・・。