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地域猫たちからもらった #猫のいるしあわせ

 近所の公園の地域猫たちと出会って半年、猫たちの性格が少しずつ分かってきた。

 他の猫にも人間にも、「シャー」と威嚇するジャイアンは、相変わらず強い立場だ。おっとりしているようで、ご飯の時間には他の猫を押しのけて我先にと食べ、自分のではない皿の餌まで食べてしまう猫(ワサビちゃん)もいる。ベテランのボランティアさんによると、捨て猫であるワサビちゃんは、飼い猫だった時代に自分の好きな物を好きなだけ食べ、他の猫と分け合って食べる習慣がなかったのだろう、とのこと。

 人慣れしていて撫でさせてくれる猫たちとは、新参者の私も付き合いやすい。「おやつにチュールをくれるおばさん」と私を認識してくれたようで、名前を呼ぶと「にゃーん」と返事をしてすり寄ってくれる猫もいる。

 付き合いが容易でなくても、自分中心のジャイアンもワサビちゃんも、面白くて大好きだ。会えない日には、元気でいるかなと心配になる。

 こんな風に、公園の猫たちと楽しいばかりの付き合いができているのは、私が責任の軽い立場だからだ。ボランティアリーダーさんのように、猫たちの具合が悪い時に、苦戦しながらキャリーに入れて病院に連れていき、薬を与えるために毎日同じ時間に公園に通うとか、命に向き合う大変な部分を担ってくれている人がいる。

 私は、自分が時折おやつを上げるだけの「いいとこどり」なのを自覚している。せめてボランティアリーダーさんに、いつもの餌を差し入れたり、悪天候で人手の少ない日に猫たちを見回ったりするけれど、私は時間的にも体力的にも大きな役割は果たせない。もどかしいけれど、自分にできる範囲で、猫たちの暮らしを応援していきたい。

 最近、公園に捨て猫が一匹現れた。「コロナ禍でペットを飼い始めた人が、飽きて捨てることが多いと聞いているから、しばらく捨て猫が増えるかもね」とボランティアさんから聞いた。

 公園の猫たちの豊かな個性や特徴を見ていると、人間の事前の予想とは全然違う展開になることもあるだろうと思う。懐いてくれることを期待しても、甘えるのが好きではない猫もいるだろう。体の具合が悪くて、通院や食餌に思った以上に手間や費用がかかることもありそうだ。

 動物を飼うことに伴う責任を改めて思う。先日読んだネット記事「ペットの飼育、必要なのは「お金」だけ?作者の覚悟描いた漫画に反響」が印象深かった。

 猫と暮らすことの現実を描いた漫画が、ツイッター上で大きな反響を呼んでいて、その作者にインタビューしたという記事。漫画では、猫と暮らす上でかかる「コスト」が具体的に解説される。ご飯代、トイレ砂代、ワクチン接種料・医療費、猫が安全に暮らせる環境を作る手間…。

「一つでも『しんどいな』と思うようであれば、まだ動物と暮らす時ではないということだと思います」「ペットの一生は飼い主にかかっています。責任もって最後まで幸せにしてあげて欲しいです」

 たくさんの「コスト」がかかってもなお、猫への愛情にあふれる言葉が心に響く。

「全てのフォルムが完璧で美しく、起きていても寝ていても変わらない。『可愛い』が凝縮された生命体だなと感じています。どれだけ面倒をみるのが大変でも、全部忘れてしまうほどです」

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 私は、自宅で猫と一緒に暮らすには、機が熟していない。それでも公園の猫たちから、魅力と癒しを存分に感じている。

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